第12話

 景観こそ最悪な状態であるが、街並みや外観は大きく損傷していないメイン道路をグラスは疾走していた。止めどない攻撃によってもたらされていた轟音は鳴りを潜め、兵器群から出る微かなショートし、火花が飛び散る音は絶えかけの灯を彷彿とさせた。グラスを消すために投入された戦力は殲滅されていた。機械兵器やその援護のための航空機、果ては対衛星攻撃兵器である航空戦艦を地上攻撃に動員するも宇宙の塵となっていた。

 そして足止めさえも無くなったグラスは情報端末に映る施設を目指していた。


ミルスク統一省 


 ミルスク軍を統括する国家施設であり、戦域ごとの司令部や兵器開発廠も併設された軍事施設。

平時であれば開かれた出入口は重々しい門が閉じられていた。門を視界に捉えたグラスは速度を落とすことなく魔法を発動させ、門に向けて放った。放たれた魔法は門を穿ち、空いた穴をグラスは突き抜けた。敷地内は装甲のある兵器や車体が配置され、そこから歩兵が重火器を覗かせていた。機械化兵器や重武装兵器が通用しない相手に今更歩兵の豆鉄砲が効くはずもなく、グラスを殺した銃は虚しい音を鳴らすだけだった。一方的に撃滅されていく自軍の姿に敗走を始める者や、そもそも攻撃せずに物陰から様子を伺う者。絶望し狂気に取りつかれ上官に銃を向ける者など世も末な状況となった。害無しと判断したグラスは元凶を屠るため、その場を通り過ぎ施設へと入っていった。施設内での待ち伏せもあったが手を払う程度ですべて片が付いた。

 そしてグラスは統合本部室と書かれた扉の前に来ていた。扉の内側には複数の気配があり、ちゃっちゃっと終わらせて今回のめんどくさい報告書をどうしようかと考えながら扉を開いた。

 中は正面にミルスク軍徽章が掲げられ、中央にホログラムモニターとそれを取り囲む縦長の机が備え付けられていた。そして机には突っ伏した8名の死体と手を下した8人、正面に1人が立っていた。

「興味はないけど、意趣返しはできたかな?」

グラスは眼前の軍人らしくない女に問いかけた。

「想定以上の結果です。」と女は答えた。女は自身がクーデーター前に政府の政務官だったこと、クーデーター後は身分を偽り、軍の要職について叛逆の機会を伺っていた際に今回の事件を受けてグラスを利用してクーデーター側の戦力を削ることを企てていたことを告白した。

「私に攻撃してこなかった部隊は旧政府側の息がかかっていたってこと?」

グラスの問いかけに元政務官は頷いた。

「それは正しい判断だったね。もし害意が生じればこちらもその場で処理しなきゃいけなかったからね。」

グラスは他人事のようにぼやいた。その発言は緊張に包まれていた部屋に雪解けを生じさせた。

そして

「だからといって今回のことを現政府の責任として旧政府は無関係ってのは通らない理屈だよ」

雪解けを氷河期に変えた。

「そちらの事情はどうでもいい。あなた方ミルスクがASFに手を出した事実は変わらない。」

至極当然な意見はその場の空気と合わさり、死刑宣告に変わりようがないものであった。

「まさかとは思うけど主犯を差し出せば許されるとでも考えてないよね?」

緊張が走る中、元政務官は懐から徐に銃を取り出すと、机の上を滑らすようにグラスに投げた。

「責任から逃げるつもりはありません。それだけのことを私たちは仕出かしてしまったのですから。ただ・・」

「ただ国民は見逃してほしいですってのはあまりにも道理が通らなくない?」

言葉を遮る形でグラスは懇願を断ち切った。

瞳は光彩を失ったのような冷たい色を灯し、無機物を見るかのごとくであった。

「知らなかったら免罪されるのか? 無関心であれば許されるのか? それがまかり通る世界なら多くの生存圏が絶滅してるだろうね。」

「こんな暴力が蔓延り、血の絶えない世界ではいつ侵略・侵攻されるかも分からない。明日死ぬかもしれないような極限状態を飼いならすことができるは存在しない。」

グラスの瞳が僅かに揺れる。視線の先には朧げに懐かしくも曖昧な誰かがいた。

「そんな極限状態だとね、情や義理ってのは。正常者に留めてくれる唯一の特効薬でもあって、外道へと堕落させる麻薬になってしまう。」

「ただ孤独や虚無はそれ以上の毒なんだよ。だから同胞や同士、仲間と認識した者達の間では信頼というリスクを取りながらも最悪手にならないように正常者は生きているんだよ。」

グラスの瞳がまた揺れた。視野が明瞭となり、朧げなは消えていた。


「君たちが仲間を想うならどんな惨状も受け入れなきゃ、見殺しの共犯者だよ。」

グラスは引き金を引くのに合わせて8発の魔弾を射出した。


 ユーバン事件及びルド―戦争に関する情報は瞬く間に拡散された。魔法を扱う者単体が生存圏に挑み、勝利したという事実は魔法の優位性の証明と機械兵器が時代遅れとなったことを物語っていた。

 たった1人に敗北した連合国家ミルスクは実力が露呈。それを好機と見た多くの生存圏は侵攻を開始するも星そのものが消滅しており、世界から生存圏が抹消された後であった。

また本事件の張本人であり、死亡説まで囁かれるほど未確認状態が続いていたグラス・チェレスタ。噂で想定されていた実力は噂程度で合ってほしかったと嘆かれるほどの戦力を有していることが白日の下に晒された。

 本事案を境にグラス・チェレスタは「調音者ソニスト」という二つ名が付けられ、味方にとっての尊敬・敵にとって畏怖の象徴的存在になっていくこととなる。

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