第5話

 連合国家ミルスク②

 高度な科学力は人々の生活水準を飛躍させた一方で、一部の人々を狂気へと変貌させてしまった。科学力を背景とした軍事力は個人兵装から戦略兵器に至るまで各生存圏と圧倒的な武力差を生じさせてしまい、戦争が勃発すれば周辺生存圏は敗戦濃厚となるほどであった。しかしミルスク政府は積極的な戦争は連合国民を危険に晒すとして侵略行動は消極的な姿勢を打ち出していた。だが軍部はそれを良しとせずクーデターを実行。政府関係者を抹殺しクーデターは成功するも、特殊部隊の投入などによって連合国民はクーデターが実行された事実を知らない。

 現在ミルスクでは真実を知る者の滅証作戦が実行されているため、我々にあらぬ疑いや濡れ衣を着させられて戦争にならないよう警戒を強めるように。


                                 参謀本部



統一された重々しい足音が劇場を包み込み、舞台側以外を取り囲むと足音は一斉に止まった。

(3、んー40人とはいるな)

グラスは足音から侵入者の数を的確に把握していた。また一糸乱れぬ足並みから軍事訓練を受けて者たちで、その中でもかなりの手練れ達ということが一挙手一投足から伝わってきた。

 冷静に分析を行っているとワンテンポ遅れて先ほどとは違う足音が入ってきた。足音以外に微かに衣服と金属の擦れる音が混じっていた。

数多の場面で似た音を聞いてきたグラスは瞬時に察した。グラスの推測したとおり後から入ってきた者は明らかに周りよりも愚鈍で戦時において足手纏いな図体をしていながらも、周囲の者たちを従えていた。そいつは自身に、自身の地位に、自身の将来性に酔っている様子で高らかに自身の役職と今回の目的を宣言してくれた。

 


 長々としたご高説をまとめると、グラスのいるクロッサンドラ劇場はクーデター以前の旧政府関係者が秘密裏に密会を行っている場所であり、奏者の中にスパイとして現政権に潜入させた者がおり、演奏の音を使って報告及び指令の受け渡しを行っていた。しかしスパイが摘出されたことで現政府にこの秘密通信を逆利用される形で重要人物が一堂に会するように仕組まれ、関係者全員を闇に葬る算段というものだった。

 話を聞いている時グラスは一つの違和感を覚えた。

(それにしたってあまりにも過剰投入すぎやしないか?)

劇場は座席数6081席と大型であるものの、反乱分子の数や携帯兵器を鑑みても劇場を取り囲む兵士でも事足りほどである。ましてやミルスクは有数の軍事国家であり、その軍隊練度や装備からも素人相手に後れを取るとは考えずらい。それなのに劇場外には劇場内の倍以上の兵士や兵器を展開させているのがあまりにも不自然であった。

(もしかしてあたしの存在バレてる?)

グラスの予感は即座に現実のものとなった。複数の兵士が拳銃の銃身を切り詰めたような機械で観客ひとりひとりを見て回っていた。兵士がグラスに機械を向けた瞬間、グラスは先ほどまで座っていた座席をに捉えていた。機械を向けた兵士がグラスを地べたへ制圧しようと肩へ手を伸ばしてきたのをグラスはその勢いを利用し、兵士と位置を交換する形で掌打を腹部へ叩き込んだ。掌打を食らった兵士はくぐもった声を漏らし、グラスはその反動を生かし劇場中階あたりの高さに逃れていた。

(これはめんどくさいぞ)

グラスは先ほどの手ごたえから直感的にそう感じるとすぐさま劇場を取り囲む兵士たちへ攻撃を仕掛けた。相手が手練れで尚且つ複数人の重武装である以上長期戦は被弾リスクが生じてしまいジリ貧となることが明白であった。グラスは有無を言わせず制圧するため出力をそこそこに最速で魔法を放った。グラスの放った魔法は重火器を構える兵士達の頭部真横を震源とした衝撃波を発生させるというもので、本来の用途として昏倒や一時的な行動不能を引き起こさせる目的であるが、グラスはその出力を頭部を吹き飛ばすまでに引き上げていた。魔法行使とほぼ同時に着弾した必中の魔法をグラスが確認することはできなかった。魔法発動直前、一人の兵士が空中のグラスめがけて跳んできた。その兵士は先ほどグラスを組み伏せようとし、グラスに掌打を打ち込まれた兵士であった。手には鈍色の刃物が握られていたがグラスはそれどころでは無かった。

(普通死ぬ威力なんだけどっっ!!)

油断したつもりは無かった。見縊ったつもりもなかった。しかしグラス自身の攻撃を食らってなお追撃を行ってきたという事実に衝撃を受けていた。追い打ちをかけるように殺したと思っていた劇場内を取り囲んでいた兵士たちが次々に立ち上がり、重火器を構えなおしていた。

 グラスは自身の置かれた状況を即座に分析し、脅威度の高い眼前の兵士の処理を最優先とした。この場にいる兵士たちに魔法の効果は低いものの、効いていない訳ではない。そのためグラスは目前にまで迫った兵士を起点に拡散する魔法を即座に展開した。   したはずだった。

 展開した魔法が効果を表す前に霧散してしまう。予備で展開していたものも悉く同様の有様だった。しかしグラスは衝撃こそ受けたものの動揺はしていなかった。

(原因は分からないけど、まずはコイツから)

顎下寸前まで来ていた刃物を身を捻じりながら躱し、その勢いを使って兵士の脇腹へと蹴りを撃ち込んだ。ドレスが舞い、スラリとした肉付きの良い足から繰り出されたとは思えない轟音が劇場に響き渡った。蹴りを受けた兵士は劇場入口右手の反攻射撃を行おうとしていた兵士たちに砲弾の勢いで突っ込んだ。すさまじい衝撃と伴に風塵が舞った。観客や衝撃に晒された兵士達はとっさに手や腕で顔を覆い目を瞑った。塵によって視界が不明瞭な中、数人の観客たちに生暖かい液体が当たる。違和感を感じるも衝撃の余韻から立ち直れないでいた。

 幾許かの時間が経ち観客たちが視線を上げると、空を塵と鮮血が染めていた。

目を見張る者。悲鳴を上げるものなど反応は様々だった。その中でも「ドンッ」と鈍い音と共にひときわ大きな悲鳴が上がった。


 もとは美しかったであろう。人工的には作り出せない配色やグラデーションが浮かび上がり、そのドレスを芸術的と評価する輩もいるであろう一品となっていた。

そこにはグラスが着ていたドレスを纏った首上の無い身体が横たわっていた。







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