第4話

 開演のブザーが鳴り響いた。

少し昔の良い思い出に微睡んでいたグラスはその音共に意識を現実に向けていた。

楽しみで来ていたはずなのに直前まで別のことに意識を取られてしまっていたことをにグラスは深い反省の念を覚えた。それは音楽に携わる一人として、音楽を尊敬する一人として、音楽への冒涜と取られても仕方がない行為であったためだ。

(いつから私は音楽を評価できる立場になったんだっつーの)

グラスが自身の音楽への内なる傲慢さが招いた必然と怒りを露わにしたのと同時に舞台の幕が上がった。そして先ほどまで抱いていた想いをより痛感させられた。

 演目を見た限りセリフや演出のない音楽のみで構成された物語仕立てであり、珍しいというほどのものではなくグラスも何回か聞いてきてはいた。ただそれらの演目は事前にストーリー構成が書かれた冊子が渡され、それと合わせて楽しむものとなっているため、グラスはあまり好きなジャンルではなかった。過去聞いてきたものは多少音から物語のどの部分なのかを推測することが出来る程度だったが今回のは映像の画素数が別格だった。物語の登場人物たちの想いや歩み、気分を細かに音を分けて表現しており、誰がどんな行動をとったのかが手に取るように伝わってきた。恐らく俳優などが興じる舞台の演出などに携わる人物が監修に参加しており、より伝わりやすいような工夫を施したのだろうとグラスは推測した。またそれら工夫を思いついたとして実行できるほどの奏者はそうはいない。奏者全体が高い技量を有しているからこそできる演目だった。特に耳を惹かれたのは音に交じる奏者の内心であった。演者のセリフや仕草に感情が乗り受け手に伝わるのと同じように、奏者の想いが音に乗っていた。まるで奏者が登場人物を演じているかのように物語により深く感じられた。

 そして演奏は続き、物語も中盤に差し掛かった。登場人物が敵との戦闘に入り、混戦模様の様相になってきたあたりで音の交じりがより強くなった。それも混戦の際に発生するどこから攻撃が飛んでくるか分からないという不安を掻き立てるかのような音であった。戦場に出たものであれば比較的経験することはあるが、奏者がそのような場所にでたという事例は聞いたことがなく、仮に出ていたとしたら末期戦か滅亡間近の最後の抵抗くらいであろう。それにこの国家では兵器の無人化が加速しており、一般人が戦場に出るということはありえないだろう。それゆえにグラスは奏者とは縁遠い世界のことまで網羅し、音に加えているという事実に感銘を受けた。演奏が終わったら是非ともお話を聞きに行こうと思った矢先、背後にある劇場の大扉がけたたましい音と共に開かれ、奥から複数人の足音が聞こえてきた。

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