第8話感傷材と植物学

人生から色が失われる瞬間とはどのような瞬間だろうか。女の子にモテない時だろうか、友達ができずにボッチで過ごすことだろうか。否、もっとも必要だった才能ががなく、希望を奪われた時だ。

俺の才能がないことはすぐに知れ渡った。レイド魔法学校史上一番の天才シン・ルシウスの弟だからだろう。上級生及び、新入生のあいさつ効果で同学年にも広く知られた。こうなったらどうなってしまうのか。そんなの過去の経験からすぐにわかる。


***


早いところ寮に行くことにした。この学校のシステムのメインはワープで構成される。専用の時計型魔道具瞬間時計ワープウォッチを使う。建物の扉を開くとき行きたい場所を思い浮かべるもしくはチップを差し込むことで建物内にある場所ならどこへでも行ける。

寮部屋などの個人ルームは当人の許可もしくは寮へワープして部屋を訪ねる必要がある。最初来たときは気がつかなかったが階段自体はあるらしく、ワープしなくとも各教室、部屋に行くこともできるみたいだ。しかし、ほとんどの生徒はめんどくさがって使わないとか。部屋にワープするとルームメイトが椅子に座ってこちらを見ていた。


「初めまして、ルーズ・ベネットです。今日からよろしくお願いします」

「僕はバン・ルシウス、よろしく。てか敬語はやめようよ。ルームメイトなんだから」

「わかった。でもよかったもし怖い人とかだったら嫌だなって思ったけど、バンは優しそう」


おっとりとした垂れ目に緑の髪の毛が隠れるか隠れないかぐらいの長さで身長はあんまり高くない。かわいい系っていうのか。


「あんまり言われたくないだろうけど、バンはさ魔法適正低いんだよね」

「学校史上もっとも低いって」

「ごめん、傷つけたいんじゃなくて、頼りにしてほしいっていうか、僕もそんなに高いわけじゃないけど、一緒に頑張ろうって言おうと思って」

「いい奴だな。僕もルームメイトが優しそうなやつでよかった」


ほんとに良かった。俺はいじめられると思っていた。嫌がられると思った。頼りにならないし、いじめられそうな奴とは関わらないようにする。それが当たり前だと思っていた。


「僕は風適正と岩適正を少し持ってて、魔力量は一般的だった」

「風適正か」

「バンのお兄さんも風適正だったんだよね。イベント室での魔法すごかった」

「うん。兄さんはなんでもできるから」

「そうなんだ。実は僕にも兄がいて、今魔法士団に入ってるんだ。やっぱり兄ってかっこいいよね」

「そうだな」


兄さんしかりこの世界の兄はかっこいいのだろうか。異世界の長男の立場はどんなものかわからないが重要度は高そうだ。

前世の兄は俺のこと嫌いだったからな。しょっちゅうギャルゲーを捨てられていた。


「兄から聞いたんだ。魔法適正とは関係なく使える基礎魔法ってのがあってそれも強い魔法とかもたくさんあるって」

「それは学びたいけど、魔力量が最弱だから」

「そっか、ごめん」

「いいよ、卒業できるようせいぜい頑張るから」

「明日からは授業だね。頑張ろう」


ルームメイトには恵まれた。ほんとルーズだったのは救いかもしれない。


***


「バン起きて、ねえ起きて」

「ああ、もう朝か」

「ご飯食べて教室行こう」


ご飯作ってくれたのか。大テーブルにはパン、スープ、焼き魚が皿に盛られていた。

朝から結構頑張ってくれたな。ありがたい。


「ありがと、作ってくれたのか」

「違うよ、朝になると送られてくるんだ」

「魔法すごいな」

「なんでもできちゃうね」


寮生活で料理する必要もないとか最高。おいしい。全部出来立ての状態みたい。これも魔法の力なのか。


「ごちそうさまでした。さて着替えますか」

「待ってるから準備してきて」


寝癖を整えて制服に着替える。黒基調の制服はゆったりしていて、伸縮性もある。運動に適してそうだな。


「お待たせ。行こう」


と言っても扉を通れば教室にいる。席は前回と違うな。ルーズが隣に座ってるし、みんなルームメイトと隣になっているのかな。セシル先生は教卓から見まわしている。


「皆さん遅刻せずにこれてえらいですね。昨日配り忘れたウリエルのマントをくばりますね。これは自分のグループの証明書のようなものなので常に着ていてください。それに制服自体に埋め込まれてるダメージ軽減、魔法耐性をより強力にして埋め込まれていますし、体温も適温に保ってくれるので季節関係なく着用可能です」


配れたマントはワインレッドにグレーでウリエルのエンブレムが描かれたもので色合い的にもマッチしていた。よかった中学校のジャージみたいなセンスじゃなくて。


「今日は授業もガイダンスのようなものですので気軽に受けてください。ではさっそく一時間目は私の授業です。こちらのチップを瞬間時計に差し込んでください。本来は建物内だけのワープしかできないですが、植物学や実践などの特殊な科目では特別な場所に行きます。校内の扉からでしたらどこからでも行けるので活用してください」


チップは個人ルーム以外であれば一度登録すればもう一度さす必要はない。

植物学は特別な教室に行くほどのものなのか。日本の生物は基本座学だけど。

ワープすると小屋のような場所にいた。


「ここはただのワープポイントですので外にでてください」


外は大きなプランテーションみたいなところだ。作物や植物が育てられていて、色んな色が広がっていた。


「ここに埋まっているものは勝手にぬいたりしないでくださいね。最悪死にますから。第一プランテーションは精神攻撃をしかける植物がいます。垂れ下がった赤い葉っぱのものはメアネイションと呼ばれる幻覚を見せてくる植物です。ピンと伸びた青い葉っぱのものはイアネイションと呼ばれる幻聴で襲う植物です。最も危険なのは黄色くて白いとげのついた葉っぱのもので、ミッドナイトと呼ばれる眠り洗脳させる植物です。ほかの二つであれば植物を排除したのち魔法などで衝撃を与えれば意識を戻せますが、ミッドナイトは完全な眠りに一度つくため呼び戻すことが困難ですので気をつけてください」


どうしてそんな危険な植物植えてるんだよ。

魔法を習う時点で危険なこと。


「本日は採取を体験してもらいます。ミッドナイトは危険なのでやらないですが、メアネイションとイアネイションをやってもらいます。取ったものは食材としてとてもおいしいのでプレゼントします。ルームメイトと二人一組になってください。まずはメアネイションからやりましょう。採取する側の人は葉っぱを握って、やらない人は目を閉じてください。メアネイションが幻覚をかけられるのは一人までなので、もしペアが幻覚を見せられたら直ちにメアネイションを奪い踏んでください」

「バンどっちがやる」

「僕がやるよ」

「ネイション系の植物には顔がついています。目を合わせないようにして引っこ抜いてください。そしたら目を潰して絶命させてくだい。そうすれば危険はありません」


目を合わせないね。それくらい余裕と思ったけれど意外と緊張する。赤い葉っぱに手を伸ばして引っこ抜く。

よし、あとは目を潰すだけ。ぐちょっとつぶすと嫌な音がした。気持ち悪い。


「成功だな」

「おめでとう」

「皆さん成功しましたね。次はイアネイションです。今度は耳栓で耳を塞いでください。二人ともしっかりつけてくださいね。イアネイションは相手のもっとも心を揺さぶる声で話しかけてきます。引っこ抜いたら専用のテープで口を塞いでください」


今度はルーズの番だ。耳栓を付けてルーズが引っこ抜く。すぐにテープを取り出して、口を塞ぐ。

これで完了だ。そんな時だった。倒れ出す生徒と暴れ出す生徒が現れた。なんだ。暴れ出す生徒が他の生徒の耳栓を抜いていっている。そのせいでイアネイションの声を聞いてるのか。

とっさに耳栓を強く押し込む。皆がそうした。自分を守るために防御態勢に入った。ただ一人を除いて。生徒は杖を構えて何かを口にした。水が勢いよく発射されてイアネイションをつき抜く。先生もそれに合わせて雷魔法を放つ。生徒の意識を戻しながらメアネイションとイアネイションどちらも潰していく。

誇らしげな顔をしていた女の子の名前はイレーナ・アルレヒド。うちのクラスでもっとも魔法の才能がある人だった。


「イレーナさんありがとうございます。迅速な行動助かりました」

「いえ、当然のことです」

「とりあえず気絶してしまった生徒もいるので、次の授業まで教室で待機してください」


今日の授業は植物学以外はほんとにガイダンスって感じでやることと必要なもの確認だけで終わった。そのまま寮に帰るのもよかったが、サークル活動をルーズと見てみることにした。


「それにしても今日のイレーナさんすごかったね」

「あれが天才ってことだよな」


南校舎へ向かうなか四人組のルグルス生徒がこちらを見ていた。


「なああんたがバン・ルシウスか」

「そうだけど」

「お前今日から俺の奴隷な」

「何言って」

「ダークアロー」


いきなり魔法かよ。杖から出た黒い矢はお腹に直撃した。制服とマントのおかげで痛いくらいですんでるけど、なかったら死んでるぞ。

今日の授業には実技もなかったし、魔法は知らない。逃げよう。


「ルーズ逃げるぞ」


部屋にさえ行けば安全だ。というかなんで俺を狙ってんだこいつら。


「逃がすな」


ルーズが扉に手をかけてワープした。それに続こうと手を伸ばすが、あと一歩のところで、地面にできた陰に足を取られてワープすることができなかった。


「何逃げてんだ。お前は奴隷だ」

「なんで僕を狙うんだ」

「お前がシン・ルシウスの弟だからだ」


兄さん関連なら一年生じゃないな。

兄さんは恨みを買うようなタイプではないんだけどな。

男は俺の髪の毛を乱暴に掴んで言った。


「あいつがいたせいで俺の兄は死んだ。だからな今度は俺のせいであいつの弟が死ぬ」

「殺すなら奴隷じゃないだろ」

「残念だが、学校のルールで直接殺すことはできないんだ。でもな自殺は別だ。お前が死にたくなるように徹底的につぶす。お前ら、こいつを縛り上げろ」


ルグルスの取り巻きが杖を構え、古の鎖ととなえる。四肢それぞれに鎖をつけられ空中に固定される。


「まずは体に教えこまないとな。知ってるか魔法の威力は単なる魔法適正や量だけじゃねえ。心なんだよ。憎悪、嫉妬、尊敬、情熱、愛情、感情が燃えていればいるほど威力は増すんだ。さっきよりも痛いぜ。ダークアロー」


確かに先ほど受けたダークアローよりも黒々しく、禍々しい。スピードも速い。

こんな瞬間だけ、時間をゆっくりと感じるんだ。苦しむなら一瞬で終わってくれ。目を閉じた。何も意識したくない。感情をなくすことが一番楽なんだ。そうすればいつか終わるから。刹那、白光を帯びた雷霆が目の前に落ちる。ダークアローを消し飛ばし、光が飛び散る。

雷霆が落ちた場所にはフードを被り、ウリエルのマントを着た少女が立っていた。少女は杖を横に一振りした。雷の落ちる衝撃音が轟いて、ルグルスの四人が地面に倒れた。少女はくるりと振り返りフードを取った。


「五年ぶりだね。ここなら会えると思った」


ストレートロングまで伸びた金髪はやはり綺麗だ。五年前の面影を残しながら十五歳に成長したその顔を俺は知っている。前世で一目惚れをしたゲームのメインヒロイン。


「久しぶり、エマ」


出会った頃とは真逆の立ち位置で俺らは再会した。




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