第4話選択肢
家族以外の交流がエマしかなかった俺にとって、エマと会えなくなることは引きこもりになる理由には十分だった。正直言葉も通じるし文字も読めるとなるとやることがない。前世の娯楽もないこの世界で時間を潰すのは難しい。この家には本すらない。
「大丈夫か、ここ最近ずっと上の空だぞ」
バン・ルシウスには七個上の兄がいた。名前はシン。現在はレイド魔法学校に通っていて、寮生活しているようだが俺を心配して先日戻ってきた。身長は185くらいあるし、筋肉は綺麗に発達している。魔法学校でも成績優秀者であるらしい。非の打ち所がない完璧兄さんだ。前世ならば恨みつらみを吐き捨てる対象だろうが今はそんな気分にはならない。心は顔に現れるというやつだ。
「やることがなくて」
「やりたいことはないのか」
「街に行ってみたいくらいかな」
「じゃあ行ってみるか、あそこには記憶がなくなる前の友達もいるからな」
「そうなの」
素行の悪い奴の友達とかこえーよ。そんなのに会いたくないがもしかしたら重要人物かも知れない。
「兄さんは記憶戻ってきてほしいと思ってる?」
「どっちでもいいよ。記憶のあった頃のバンは僕のこと嫌いだったからな」
それはわかる気がする。この男は優秀すぎる。尊敬ではなく嫉妬を覚えるほどだ。全部うまくやって弱いところなんて見せてくれない。そんなんじゃ弟にいつか後ろから刺されるぞ。
「それで行くのか」
「行く」
シンは馬車に乗ろうとはしなかった。庭に出て腰にさした杖を取り出した。
杖を踊るように滑らかに振ると風の流れが変わった。足元を円を描くようにどんどんと風が集まっていく。そして収縮していく、肌で感じる魔力の流れはこの前とはまた違って凄みがあった。
「ウィンドキャノン」
足元で風が爆発した。空に押し出される。勢いがすごくて目が開けられない。
不思議と不安がない。普通なら落ちて死ぬと思うものだろうが、風に包まれて安心感さえある。徐々に勢いがゆっくりとなる。
「どうだ、驚いただろ」
「すごいね、兄さん飛んでる」
「僕の得意分野だからな風は」
飛んだあとの細かい動きは全部兄さんがコントロールしている。もう杖を握ってるだけだ。それだけで空を飛べる。こんなに素晴らしいことはあるか。俺は感動している。ずっとあこがれていた世界に今初めて入れた気がする。
馬車なんかよりもずっと速い速度で街についた。地面に足をつけると膝から崩れる。重力がいきなりふりかかってきた。トランポリンでジャンプしまくってから地上でジャンプしたような感覚だ。
「やっぱそうなったか」
「わかってるなら先言ってよ」
無邪気に笑ってやがる。実年齢的には同世代だしな。嫌な気はまったくしない。
こんなやつが元の世界にいたら友達になれたかもな。いや、ないかこんな明るい優秀な奴は陽キャか。俺はきっと遠ざけただろうな。
「そんな暗い顔すんなって、悪かったよ」
おっと悪い勘違いさせてしまった。だがまあこんなに
「皆さんお騒がせしました」
「シン君久しぶりじゃない」
民衆の中のおばさんが話しかける。知り合いなのかと見てる間に色んな人が兄さんを囲んでいく。おいおい、有名人なのか。俺はすっかり囲いからはじき出されてしまった。こうなってしまった以上、一人で見回るか。
お店を見ていると日用品ばかり売っていて、娯楽はなさそうだな。異世界なんかでは本は高価なもののことが多いがこのあたりには売っていない。あんまりおもしろい場所じゃないな。唯一面白そうなものと言ったら魔道具くらいなものだったけど、それも実用的なものしかなく今の俺には必要がない。
仕方がないのであたりを見回した。ここにいる人はみんな同じような服を着ているし、困窮しているとは思えない。それとやっぱり人以外はいない。別人種はいないみたいだ。
ぼーと歩いていると突如路地から手を引っ張られる。
「どうして顔ださなかったんだよ」
「えっとなんのこと」
白髪の美少年が怒っている。引っ張られたこっちの方が怒りたいんだけど。
向こうは俺のことを知っていそうだし、多分例の友達なんだろう。
「バン約束したよな。みんなを救うって」
「ちょっと待ってくれ、俺は記憶がないんだ。だから約束も君の名前も知らない」
「じょ、冗談だよな」
「冗談なんか言うか」
「本当か……いや、そうか悪かった」
信じるのかそんな簡単に。嘘はついてないが信じるのはやすぎだろ。美少年は何かを察したような表情で言った。
「なんで信じてるって顔してるな。簡単な話だ。冷静になって考えれば今のお前は俺の知ってるバンとは話し方も表情だって違う。あいつはかっこいい奴だ。そんな平和ボケした顔してない」
バン・ルシウスは野蛮な奴って話だったんだけどな。主人公がそんなわけないか。
かっこいいね。そんな重い期待を背負った人間だったのか。期待とは無縁に生きてきた俺にとってその言葉はイラっとさせるものだった。
比較されるのは大嫌いだ。失望も期待もされたくない。だからもし本当にバン・ルシウスがそんなご大層な人間なら知りたくもなかった。
「記憶が戻ったら会いに行くよ」
離れたい。この男から。
「ちょっと待て、逃げんな。計画に協力してくれ」
「無理だ。俺にはできない。わかるだろ俺はかっこ悪い人間だ」
「お前がかっこ悪くても今は頼りたい。仲間が危険なんだ。頼む」
少年は頭を地面にこすりつけた。プライドの高そうな少年が額に地面をこすりつけてる。ただ、俺と年齢はそう変わりなさそうなガキだ。仲間を助けることは良いことだ。できることなら俺だって助けたい。でもなここまで頭を下げてお願いをするってことは危険なことだ。そこにはきっと立ちはだかる敵がいる。そいつが魔法を使えるやつならゲームオーバーだ。そんな危険な状態に身を置くのは得策じゃない。
中途半端な力で誰かを助けてもやり返されたらより酷い結果になる。俺が助けた結果一人のメイドも一つの村が滅んだ。
「悪いがそんなリスクを冒せない。俺はお前に記憶も情もない。頭をいくら下げられたって命を懸けようと思えない」
「そうだよな……悪い、一人でやる」
もし、これがエマとの別れより前なら一緒に行ったかも知れない。でも今は魔法の強さを知っている。俺は何もできなかった。初級魔法にさえ手も足もでなかった。大丈夫、これはゲームの分岐ルートの一つにすぎない。俺がここで美少年についていかないのも選択の一つだ。
せめて、上手くいくことだけは願っている。これが俺にできることだった。
俺は兄さんのもとに戻って家に帰った。子供の体はすぐに眠くなる。すぐに就寝した。
翌日、兄さんから街の話を聞かされた。お前と同じくらいの年の子が路地裏で死んでいたと。兄さんは俺とあいつがあったことは知らない。でも友達だということは知っていた。兄さんは言った。その美少年はバンが一番仲良くしていた友達だと。
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