第3話常識

「バン遊びにきたよ」

「ほんとに来たんだ」

「当たり前じゃん」


エマは母親にだけ伝えて、父親に内緒できたらしい。今日は外も暑いだろうに。日本でいえば今は夏だ。この世界の夏はカラカラとしていて日差しが強い。日本のようにじめじめとしていない。エマは白いワンピースに麦わら帽子。金髪が映える。


「ねね、バンは何が好き」

「記憶がないからわかんない」

「今好きなものはないの」


俺の好きな物はなんだろうか。

この世界の料理は日本とあんま変わらない気がする。日本人が作ったゲームだからなのか。この世界のことはまだよく知らない。強いて言えば魔法くらいだ。この世界は電気や水道などは魔法で補っている。水を浄化させる技術はないだろうしな。

それと魔法の発現は十五歳それまでどうしようもない。


「魔法とかかな」

「じゃあ学校に行くの」

「学校って?」

「魔法を学ぶところだよ」


本来のルートでも学校には通っていたしな。俺も興味がある。何より異世界だ。主人公ポジだぜ。最高の学校生活が待っているはずだ。


「行ってみたい」

「じゃあ私も行く」

「そんな気軽に行けるの?」

「うーんたぶん?」

「そっか、今日は何して遊ぶ?」


家が便利すぎて外のこと何も知らないんだよな。勉強をしろとも言われないし、外部との関りは現在エマしかない。エマさえあれば十分だし。前世なんて一つもなかった。どうしようもない奴だったしな。


「外に行きたい。バンがいれば安心」

「それは言い過ぎだよ」


外のことはエマの方が当然詳しい。エマが乗ってきた馬車であの大きな木が立つ草原へ向かった。俺の家からはエマの家からよりも遠く街を通る。どんな人たちがいるのか見てみると全員人間だ。エルフとかドワーフ、人獣はいない。この世界にいないのかこの街にいないのかそれとも差別されているのか。


「街へは行ったことある?」

「ない」

「行ってみる?」

「それはまた今後でいいや」


馬車はあるところで景色を変えて、自然一色になった。あれだ。あのでかい木が始まりの場所だ。馬車が止まる。


「エマ様私は失礼しますね」

「うん、ありがとう」


エマと俺は馬車を降りて大きな木に向かって歩いた。エマはその大木を見上げると大きく深呼吸した。


「ここはいいよね。全部ないみたい」

「ないってどういうこと?」

「例えば金髪のこととか自分が公爵家のこととか」

「それは嫌なことなの」

「バンと会うまではね、今は髪を伸ばしたいと思うし、しがらみはあるけど公爵家の娘も悪くないかな」


エマは意味ありげに俺の顔を見てそう言った。


「そっか」


なんともなしに僕はあの木に手をかけた。足をかけて、手を伸ばして、一歩一歩高みへと登っていった。

少し登って落ちた。木に登るのって難しいんだな。そんなことも知らなかった。けど、今知った。

それを見たエマもチャレンジした。

エマは着々と登っていき、枝分かれの窪みに手がかかる。刹那、不自然な風がエマを木から引きはがして、地面に落ちす。とっさのことに俺は

動けなかった。


「大丈夫!」

「いたいっ」


エマは泣かないように必死だ。寄り添ってけがをしてないか確認する。血は出てなさそうだ。青あざにもなってない。よかった。

すると後ろから声が聞こえてきた。


「いたそーだな」


くすくすと笑う声がした。声の方を睨むように見るとこの前の三人組が杖を持っていた。

クソガキが鉄拳制裁してやる。

三人と向かい会う。一体三の構図。怖いことはない前世で考えれば年下だろうし、この体は俊敏に動けるのだから。三人に向かってこぶしを握りながら走った。真ん中にいた1人が杖を向けてきた。

なんだろう、この感じ。


「ウィンド」


体が風に浮かされた。自然現象を無視したこの風に抵抗のしようもなかった。

向けられた敵意に身震いした。未知との遭遇。

本能が言っているこれはやばいと。

残りの二人が同じ魔法を打ち込んできた。お腹を殴られるような感触とともに体は飛ばされた。雑草を巻き込みながら体が引きずられる。土で服が汚れ、摩擦と葉っぱで肌が擦れる。ヒリヒリと擦り傷が痛む。これが魔法。

こいつら十五歳だったのかよ。


「驚いたか昨日授かったんだ」

「親切なおじさんが使い方を教えてくれてね」


誰だよそのじじい。そんな魔法の使い方がダメなことぐらい教えておけよ。アホが。

久しぶりすぎる怪我に文句を言う余裕もない。



「ロック」

「ウィンド」


1人が土で岩を作り出し、他2人が風の力で素早く回転させてこちらに向かって飛ばした。やばい、あれは大怪我をする。次々と作られるそれは全て避けることは不可能で体にぶち当たる。肉が裂けるほどではないが骨なら折れてもおかしくないほどに強烈な痛みが全身を襲う。エマだけは守らないと。エマの体に覆い被さる。


「バン、大丈夫、ねえ大丈夫!」

「平気だよ」


作った顔で痩せ我慢した。本当なら真っ先に逃げたい。けど、ここで逃げるわけには行かなかった。ここで逃げたら正規ルートから外れてしまう。けれども、体は限界だった。

奴らは悪魔狩りなどとけらけらと笑ってやがる。

どうやってもこの小さい体ではエマに当たってしまうのを防げない場面がある。

やべ、意識が飛ぶ……

気がつくと馬車の中だった。心配そうなエマとメイド。


「エマ怪我してない?」

「怪我をしてるのはバンの方だよ」

「申し訳ございません。わたくしが離れたばかりに。簡単な回復魔法しか使えませんが応急処置はさせて頂きました」

「あの子たちはどうなったの」

「バン様が意識を失ってすぐにわたくしが魔法で懲らしめました」

「魔法は誰でも使えるんですか」

「いえ、大抵は貴族の方ですね。魔法はこの世界の中心ですから、学費が高いです。そのうえ基礎を習わななければ身を滅ぼします。なので庶民の方はよっぽど魔法の才能がある人でないと難しいでしょう」


昨日習ったと言ってた割にはコントロールできてたな。風の方は威力自体はたいしたことではなかったし、初級魔法といったところだろうか。


「今日はバン様をお送りしたらフォカロル家に戻ります。当主様に話さないといけないですから」

「できれば、当主様に合わせてもらえませんか。謝りたいです。エマに怪我をさせてしまったこと」

「その必要にはございませんよ。わたくしからお伝えしておきますので、それにバン様は大怪我を負っています。体をおやすめください」

「わかりました」


メイドは柔和な笑みを浮かべて頭を撫でた。

大怪我しちまったからな。これじゃあ父さんが心配しちまうな。アドレナリンも止まってきたのか痛い。もう少し寝よう。

バン・ルシウスが起きた時はもう夜だった。体中を包帯で巻かれてミイラみたいになっていた。この街には折れまくった骨を治せるほどの魔法を使えるものはいなかった。エマたちもとうに帰った。目覚めたことに気がついた父はあまり元気がなさそうだ。


「どうされたのですか」

「お前にはきちんと話そう。よく聞け、お前はこれからこういう場面を目にすることも増えるだろうから。エマのメイドは処刑され、草原の付近に暮らす者たちは焼き討ちされた」


メイドが処刑?焼き討ち?何を言っているのだこの男は。冗談でもそんなことは言ってはいけない。メイドが殺される姿が頭に浮かんで、気持ち悪くなる。心に沸いた怒りがどうしようもなく、もやもやとさせる。


「なんで」

「ネロ・フォカロルにとって娘のエマがそれほど大切な存在だということだ」

「だからって、処刑に焼き討ちだなんて」


ばかばかしい、エマは重症だったわけでもないんだ。そこまでする必要があるのか。

あのメイドは少なくとも優しい人だった。笑顔を向けてくれる人だった。


「記憶がないバンに常識というのは難しい話だろうがよく聞け。貴族ってのは簡単に一線を越えることができる。公爵家レベルともなるとよりいっそうな」


関係ない人まで殺せるのが常識だと言っているのか。そんなの常識とか言っていい事じゃねぇだろ


「それとフォカロル家から通達が届いた。エマを守ったことには感謝している。ただ、今後一切の接触を禁ずると」

「え、、、」


たった一日で全てが終わった。

次の日父にお願いして草原に行った。あの大きな木は燃えてなくなり、真緑だった一面は黒と灰色で埋め尽くされていた。きっとメイドは本当に死んだ。

これを見るまでは信じていなかった。いや、希望を持っていた。

今思えばメイドはこうなることが既に分かっていたように思う。馬車での顔が頭をよぎる。

ヒロインエマにはもう会えない。







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