第36話 聖天教会の騎士修道女


「ああ……慈悲深き天使様。お願いです。エミリオと村長を助けてください」


 リナが涙を流し懇願する。


「天使~? ふふ、私たちは……あ、これは言っちゃいけないんでした~」


 アモルは、リナの頭をなでる。


「大丈夫~。これを飲ませてあげてください」


 リナは、アモルから赤い液体の入った高価そうな瓶を受け取る。


「これは?」


「確か、エリクサー? バテル様の作ったお薬です~」


「これで傷が? なんでもいい。早くしないと」


 エミリオと村長に瓶に入った赤い液体を飲ませる。


 すると二人の体が淡い光を帯び、傷がみるみるうちに消えていく。苦悶の表情を浮かべていた二人が、安らかに寝息を立てている。


「すごい。これが神の力」


 リナは、震える。


 本当に神様が現れたのだ。


 そう思った。


「あ、あの。クラディウス様は神様なんですか?」


「ん~。確かにバテル様は私にとって神様かも~」


 アモルは、バテルによって作り出されたマギアマキナ。造物主たるバテルは、アモルにとって神と同義だから間違っていない。


「やっぱり……」


 リナは、本当に神様だと思ってしまっている。


 クラディウス家は、リナが生まれるずっと前から、この村に君臨している領主である。


 それに加えて、瀕死の重傷だったエミリオと村長を薬で治してしまった。


 まさに神の御業だ。


 素朴で純粋な村人であるリナがバテルを神と信じようとしても無理はない。


「天使様、ありがとうござい……」


 リナが感謝を述べようとすると


「お待ちなさい」


 と遮るように一人のシスターが現れる。


「あっ、シスターコルネリア」


 リナの顔がさらに明るくなる。


 シスターコルネリア。


 聖天教の敬虔なるシスター。


 黒衣を纏い、長い鎖がついた錫杖を持っている。


 かつてこのラゼル村を訪れ、病人やけが人の治療にあたっていた。


「助けに来てくれたの?」


「ええ、他の町で、こっちに盗賊が向かっていると聞いて、みなさん無事ですか」


「ありがとう。みんな、無事だよ。天使様が助けに来てくれたんです。シスターの言った通り、信じる者は救われる!」


 リナが嬉しそうにアモルたちを紹介する。


「天使……。私も見ていました。高い戦闘力。それにあの霊薬」


 シスターコルネリアが助けに入る間もなく盗賊たちを一瞬で無力化した。


 それに神々しく美しい姿。人の形はしているが、人ならざるものなのだろう。


「伝承では白翼とありますが、あれは、光の翼……」


 まだ聖天教をあまりよく知らないリナは、天使と信じて疑わないが、シスターコルネリアは怪訝そうな表情を浮かべる。


 アモルの翼は、天使の翼とは思えない。丸みはなく角ばっていて、透明な光の翼だ。無機質で温かみに欠ける。


「あなた方は、本当に神の御使い様なのですか?」


「いいえ~違います~。私たちは、バテル・クラディウス様の家臣ですよ~」


 アモルは穏やかに答えるが、シスターコルネリアの目つきは険しくなっていく。


「クラディウス家の家臣……。わざわざ天使を模倣するなんて、クラディウス家は聖天教徒? いえ、もし聖天教徒ならなおさら、天使を騙るなど冒涜的です」


 シスターコルネリアは、錫杖を構える。


「ですから私は、天使なんて一言も~」


「問答無用です。それにその霊薬、一体どこでそんなものを」


「これは、ただのポーションですよ~」


「血の色こそ霊薬たる証。におう、においます。錬金術アルケミア、ウロボロスの邪悪なにおいが……」


 シスターコルネリアの顔が憎悪にゆがめられていく。


「ウロボロス~? バテル様の知りたがっていた情報です~。一度、バテル様に会ってもらえませんか~」


 アモルが提案するが、もはやシスターコルネリアの耳には入らない。


「まさかウロボロスのメンバーにこんなところで会えるなんて、私は幸運です。千載一遇の好機、逃しません! 聖鎖術カテナギア!」


 シスターコルネリアが錫杖で地面をつくと、錫杖についた長い鎖が光を帯び、アモルの方に飛翔する。


「待って~話を聞いてください~」


 アモルは、空中に逃げる。


 光を帯びた鎖は、長く伸び、どこまでもアモルを追跡する。


「や、やめてよ。シスター! 天使様は、私たちを助けてくれたんだよ」


 リナがシスターコルネリアの背中にしがみつき必死に止める。


「純真無垢なる少女よ。騙されてはなりません。狡猾な悪魔ほど美しくきらびやかに見えるものです。錬金術アルケミアは神の最も嫌う邪術。そんなもので作られた薬を村人に飲ませるなど言語道断。どいていなさい」


 シスターコルネリアは耳を貸さず、リナを払いのける。


「アモルお姉さま!」


 アモルに付き従う第二世代マギアマキナたちが、助けに来る。


「来ちゃダメだよ~。あの人、強い~」


 アモルに構わず、第二世代マギアマキナたちは飛びながら長銃を構え、弾丸を放つ。


 放たれた弾丸は、正確にシスターコルネリアの手足を貫く。


 しかし、シスターコルネリアは、ダメージを受けていない。黒衣は、はじけ飛んだが、両手足に巻きつけられていた鎖が、弾丸を通さない。


「バテル様の魔導銃が効かない。なんて固いの」

 

 マギアマキナたちは、構わずに撃ち続けるが、黒衣がボロボロになるばかりでシスターコルネリアの体に巻きついた鎖を突破できない。


「浅はかな。そんな飛び道具。聖鉄鎖騎士修道会の騎士である私には通用しません」


 シスターコルネリアの鎖が伸び、宙を舞うマギアマキナたちを追う。

 マギアマキナたちは逃れようとするも鎖に追いつかれ、絡めとられてしまう。

 だが、鎖もまたマギアマキナたちに巧みに誘導され、絡まってしまう。


「小癪な。そんなことで止められません」

 

 絡まった鎖だけが光の粒となって消え、鎖にまかれたマギアマキナたちは地に落ちてしまう。


「でも~隙はできました~」


「くっ!」


 シスターコルネリアは、再び鎖を放ち、残ったアモルに向けて放つ。

 アモルは、逃げることなく鎖を巧みにかわしながら、シスターコルネリアに肉薄する。 

 持っていた長銃は鎖に拘束されるが、すぐさま捨て、魔術陣を展開して顕現した拳銃に持ち替え、瞬く間に三発の弾丸を放った。


 シスターコルネリアは、鎖を操り、弾丸を弾こうとするが、至近距離で放たれた弾丸に対応が間に合わず、


「なっ」


 最後の一発に右目を撃ち抜かれ、倒れる。


「シスター!」


 リナが倒れたシスターに駆け寄る。


「シスター! シスター!」


 必死に呼びかけるが返事はない。


「大丈夫~。脳までは破壊していませんよ~」


 アモルは、魔力を込めた弾丸を操り、目だけを貫いた。


 シスターは、死んではいない。


「バテル様のところに連れて行きましょう~」


 アモルは、光の輪を魔術マギアで作り出し、シスターコルネリアを拘束する。


 だが、アモルが後ろを振り向いた瞬間。


「ん?」


 シスターコルネリアの錫杖がアモルの心臓を貫いた。


「えっ」


 リナは、一瞬状況が理解できなかった。


 目を撃ち抜かれて、ショック状態だったはずのシスターコルネリアが、いともたやすく魔術マギアによる拘束を力技で破壊し、起き上がりざまに錫杖でアモルを貫いたのだ。


「あれれ~もう回復しちゃったんですか~」


再生術レジェネギア、神の恩寵です」


 シスターコルネリアの全身に光の文様が浮かび上がり、潰れたはずの眼球が煙を吐き出しながら回復していく。


天素エーテルを使いこなせるなんて驚きです~。その力~本当に人間ですか~」


 アモルは、驚く。錬金術アルケミアでも、天素エーテルをエネルギー源とすることはできる。神聖術デウスギアで簡単に体の傷を癒すこともできる。

 だが、シスターコルネリアの常軌を逸している。まるで人体練成を行っているかのように失われた目が生み出されていたのだ。

錬金術アルケミアでは、いまだ実現できていない天素エーテルの操作をシスターコルネリアは、行っているのである。


「エーテルのことまで詳しいようですね。あなたこそ、心臓を貫いたのに平然としているなんて、やはり人間ではありませんね」


 シスターコルネリアが、錫杖を引き抜く。

 アモルは、血も流していない。


 再生こそしていないが、行動に支障はないようだ。


 マギアマキナであるアモルは、その核である機械の心臓マキナコアを破壊されない限り死ぬことはない。体も著しく破壊されない限りは、活動可能だ。


 鎖で拘束されていたマギアマキナたちも鎖を断ち切り、復活している。

 

「まだ続けますか~? 私としてはバテル様に会っていただけると嬉しいんですけど~」


「……いいでしょう。あなたたちを絞り上げて吐かせようと思っていましたが、わざわざ案内してくださるなら、その方がこちらとしても都合がいいです」


 シスターコルネリアは、まだ戦意を失ってはいない。むしろ、敵地に乗り込んで大暴れしてやろうと戦意に満ち満ちている。


「もしかして、まだ勘違いしてます~? でも助かります~。会えば、誤解も解けると思いますし~。じゃあ、行きましょうか~」


 アモルは、特に警戒することもない。

 確かにシスターコルネリアは、強者で敵に回せば危険な存在だが、純朴なマギアマキナであるアモルは、誤解が解けると信じている。

 それにディエルナに帰れば、バテルとイオがいる。この二人が負けることはないだろう。

 それよりも調査の進んでいなかったウロボロスについて聞ける方が有益であると判断した。


「あ、あの!」


 戦闘に呆気にとられていたリナが二人を呼び止める。


「あなたはさっきの」


 リナはアモルに首を振る。


「まずはお礼を言わせてください。村を救ってくれて、みんなを助けてくれてありがとう」


「バテル様の領民ですから~守るのは当然です~」


「もっと強くなって、私たちが役に立てる時が来たら、その時は必ず恩返しします」


 盗賊から無辜の民を守るのは貴族としては当然の役割だろう。

 それでも、リナや村人たちがこの恩忘れることはない。


「また何か困ったことがあったら、教えてください~。必ずバテル様が助けてくれます~」


「はい。ありがとうございます。アモル様」


 リナがうなずく。


「シスターコルネリアもありがとうございました」


「いえ、私では間に合わなかった。そこだけは神もお認めになるでしょう」


 シスターコルネリアはそっぽを向いて言う。

 

「ふふ、アモル様やバテル様はきっと悪い人たちじゃありません」


錬金術アルケミアに手を染めたのは事実。その罪が許されることはありません。すべては偉大なる神のご意思です」

 

 行いが良くとも錬金術アルケミアは邪術。

 すべてに教義が優先する。


 シスターコルネリアは、バテルの罪を見定めるべく。

 アモルは、ウロボロスの情報を聞き出すべく。

 ともにディエルナの途についた。

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