第31話 錬金商売2

「止まりな」


「うっ」


 強烈な殺気を感じたプッロは歩みを止める。


 前に目をやると長い刀の切っ先が鼻をつついている。


 すると魔術マギアだろうか。光の球が二つ浮かび上がり、店内が明るくなる。


「子供……?」


 座っていたのは小さな子供だ。


 紫紺の長いツインテール。褐色の肌が絹のように滑らかだ。丸みを帯びた愛らしい顔立ちだが、目は切れ長で瞳はアメジストのように透き通っている。片目には、黒い眼帯をつけている。黒革のジャケットとパンツと帝国では見ない異装。


 幼女は、椅子に座り、足を机の上にあげてふんぞり返り、細い腕で大刀を持ちあげ、突きつけている。


「いや……」


 見た目は幼女だが、ただ者ではない。


 商人として多くの種族を見てきた勘が言っている。


 人間にしか見えないが、プッロが見たこともないような種族なのだろう。年齢もきっと見た目通りではないはずだ。


「人間種じゃないな」


「ほう、聞いていたより期待ができそうじゃねえか」


 幼女は口角を吊り上げる。


 プッロの背後からもう二人現れる。


「ふふ、仕事が早く終わりそうで助かりますわ」


 一人は、絶世の美女。


 艶やかな新緑の髪は豪勢な縦ロールにまとめられ、エメラルドのような瞳は見ているだけで酔ってしまいそうになる。豊満な肢体を豪奢なドレスで着飾り、貴族のような気品にどこか妖しげな雰囲気の漂う魅惑的な美女だ。


 もっともプッロの場合、彼女に魅入られるよりも恐怖が勝った。


「……」


 もう一人は、大男。


 丸禿でつなぎを着ている。鍛え上げられた筋肉が隆起し、岩山のようである。少し歩いただけで店がつぶれてしまいそうなほど巨躯だ。少なくとも真紅の眼に宿る鋭い光と圧倒的な気迫からプッロにはそう見えた。


「あ、あんたらは、何もんなんだ」


「俺は、おやじ……バテル・クラディウス様の配下、サラシア」


 幼女サラシアが言う。


「この仰々しいのがクレウサで、でかいのがファビウスだ」


「あら気品あふれる優雅なと言ってほしいですわ」


 妖緑の美女クレウサが言う。


「バテル・クラディウス……。ああ、あのクラディウス家の三男坊で落ちこぼれの」


 と言いかけた瞬間、凄まじいまでの殺気が湧き上がろうとしていたのをプッロは敏感に感じた。


「……と言われていたが、最近、活躍の目覚ましい神童バテル様の」


 プッロは、背中に滝のように冷や汗をかく。


(こんな奴らディエルナで見たことがない。これほどの奴らなら話に聞かないはずがない。例のフォルカスみたいな新参か? にしては、この忠誠心。普通じゃない)


 どうやら難を逃れたらしく殺気は収まったようだ。


「それで、クラディウス家のバテル様ご家臣のお歴々が、この飲んだくれになんの御用で」


「お前は商人と聞いた。なら話は一つだろうが」


 サラシアと名乗った幼女が不思議そうに小首をかしげる。


「はあ、確かに商人をやってはいましたが今は……」


 貴族様が一体どこで聞きつけてきたのか。町の住民でもプッロのことを酔っ払い以外に商人と認識している人間はほとんどいない。


「あら、町の皆様にディエルナで一番腕のいい商人をお聞きしましたら、あなたが一番であると言っておりましたわ」


 美女クレウサが言う。皮肉を言っているようには思えない。


(まさか、こいつら、あの話をそのまま信じて……)


 プッロの脳裏に嫌な予感がよぎる。


 日ごろ酔いつぶれながら吹聴していた一流の商人という言葉。


 それをこのバテル様のご家臣たちは、無邪気にも信じているのである。


(ただものじゃあないが、少し頭が飛んじまっているらしい)


 生まれたばかりで世の中の機微に疎いマギアマキナらしい失敗なのだが、そんなことを知らないプッロには余計に不気味に思えた。


(俺の商人としての腕は嘘じゃない。嘘じゃないが……)


 二十年止まっていたこの男の小賢しい頭脳は目まぐるしく回転していた。


 プッロは、ほらを吹いて回っていたつもりはない。商人としては一流だと思っているし、実際そうであった。だが、今になって自信が薄れてきた。なにせブランクが二十年もある。


 もし軽はずみに仕事を受けて失敗でもすれば、ただでは済まない。身分の別が中央のように厳しきないダルキアだが、その代わりに厳しい環境の中で生き残るために作り上げられてきた法律や掟に厳格だ。失敗すれば命はない。


「けれど、おかしいですわ。ディエルナが不景気とはいえ、お店に活気がありませんわ」


 クレウサが店の中を見回す。


「もしかして、嘘じゃねえだろうな」


 サラシアが幼女とは思えない眼光で、プッロを突き刺す。


 逃げ出そうにも後ろには山のような大男が控えている。


(畜生。もしこいつらに今は商人をやってないなんてことがバレた日には……)


 目の前の幼女に斬られるか、後ろの大男に殴り殺されるか、どちらかだろう。もはや仕事を断るという選択肢すら許されていないかもしれない。


(考えろ、考えろ。俺は、こんなところで死にたくはねえ)


 錆びついていた思考を必死にめぐらす。


「まあいい。ダメなら他を」


 とサラシアが言おうとした瞬間、


(覚悟を決めろ。プッロ)


 プッロが大きく息を吐くと顔つきが変わった。


 背筋を伸ばし、ゆっくりと余裕たっぷりに、服を伸ばし、髪の毛を整える。


「お困りごとは、ディエルナ一番の腕利きの商人、ティトゥス・ティティエス・プッロにお任せあれ。ささ、ご用命は? なんでもやってみせましょう」


 プッロは大見得を切った。


「ほほう、なんでもか」


 サラシアは、にやりと笑った。

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