第32話 錬金商売3


「二言はねえな」


 サラシアが念を押す。


 プッロに選択肢はなさそうだ。


「ええ、もちろん」


「なに、怖がることはねえぞ。実はでっけえ商会を作ろうと思っている。帝国で一番のでっけえのをな」


「帝国で一番……」


 こんな片田舎で田舎貴族が何を馬鹿げたことを、とプッロは笑ってやりたくなったがこらえる。


「つまりは商会をやりたいと」


「資金を稼ぎてえという意味では正解だが、完ぺきじゃあねえ。心配すんな。全部をあんたに押し付けようってわけじゃねえ。売り物ならあるぜ。ファビウス」


「おう」


 のそりと後ろからファビウスが小包を渡す。


 包みを開くと中から真っ白な大皿が出てきた。


「こいつは……」


 大皿は、白い陶磁器で極彩色の龍の絵で彩られている。陶磁器生産が盛んな極東でのみ作られている代物で、帝国で売ればかなりの値がつく。


「東国由来の一品。しかも相当な上物だ」


 プッロは、皿を掲げて見分していく。これでも商品知識に関しては衰えていない。昔ほどではないにしろ入ってくる情報には敏感に耳をたてていた。


「こんなもの一体どこで?」


「それはファビウスが作った」


 サラシアが言うとファビウスがうなずく。


「ば、作った? これを、あなたが? これが帝国でも生産できるとなると商品の価値がひっくり返っちまう」


 プッロの手が震える。


「他にもあるぜ。絹に象牙細工、武器、ポーション、各種魔道具」


 帝都で高額で取引されている珍しい商品が所狭しとプッロの汚い商店の床に無造作に並べられていく。


「ちょ、ちょっと待ってほしい。こんな代物、ディエルナで作れるわけがない。それに百歩譲って作れたとして原材料はどこから持ってきたんです」


 プッロは、恐ろしくなってきた。帝国では生産できていないものや生産が難しいものと極めて希少な品が多い。それがこうも簡単にディエルナという田舎で生産されているとなると帝国の貿易構造が根本からひっくり返される。


「すべて、おとう……バテル様の開発した技術ですわ。詳しくは言えませんが、材料もすべてディエルナで入手可能。原価もほとんどゼロに近い」


 クレウサが自慢げに答える。


 すべては錬金術アルケミアで作られていた。バテルの手にかかれば、一度現物に触れてしまえば、それを錬金術アルケミアで模倣することは容易である。元の品と同じように源素アルケーを配置しなおしてやればよい。生産能力に特化したマギアマキナであるファビウスも同様だ。


 まさか、この品々がディエルナの土やゴミから作られているものだとは思いもしないだろう。


「バテル様、想像以上の御方。作り方は聞かないほうがよさそうだ」


「まあ、聞いたところで常人が再現できるとは思えませんけど。聞かないほうが身のためですわ」


 クレウサのエメラルドの瞳が妖しく光る。


「これだけの商品が揃っていれば、馬鹿でも大商会が作れます。だけど、それだけじゃなさそうだ」


 うまい話というのには裏がある。プッロは、そのことが身に染みている。


「話が早くて助かるぜ」


 サラシアが笑う。


「だが、こっから先、聞いちまえば、もう後戻りはできねえ。引き返すなら今だぜ」


 サラシアは、プッロをにらむ。


 プッロは、考える間もなく言った。


「あんたらは、一体何のために商会を開くんですかい」


 この男、ティトゥス・ティティエス・プッロは、嘘偽りなく成功した商人だった。他人がうらやむような富を築いた。だが、彼は決して満足しなかった。むしろ金以外のすべてを失ったのだ。


「俺だって、こんなところで飲んだくれて終わるつもりはねえ。だが、ただ金儲けのためってんなら興味はねえ。煮るなり焼くなり好きにしてくだせえ」


 プッロは、どかりと床に座り込んだ。


 商売の話をするうちにどんどんと熱が上がってきて、今まですっかり風化してしまっていた商人の熱い魂に火が付き燃え上ってきてしまった。

 もうすでに無くなっていたはずの誇りや覚悟がにわかによみがえる。


 ここまで話を聞いてしまった以上、生きては帰れないだろう。


 だが、どうでもよかった。この世に満足できないのなら、生きている価値などないのだ。


「くははは、金儲けには興味がないか」


 サラシアは、膝を叩いて笑う。


「お前を選んでやっぱり正解だったぜ」


「は?」


「俺たちは、金なんてものに興味はねえ。人間がなんでそんなもんに執着するのか俺たちにはわからねえ。俺たちの生きる理由はすべてバテル様のためだ」


「バテル様のため? そんないくら忠誠心が高くとも神じゃあるまいし」


「神ですわ。バテル様は、わたくしたちにとって唯一無二の神」


 クレウサが言いファビウスもうなずく。


 プッロは、あっけにとられる。正気とは思えない。騎士道精神としても常軌を逸している。物語に出て来る高潔な騎士でも自らの王のことを神とは呼ばないだろう。きっと王が悪ならば騎士は王を討つ。


 しかし、どうだろう。目の前の者たちにとってバテルは神なのだ。おそらく信仰ともまた違う気がする。おそらく彼女らにとって厳然たる覆しようのない事実なのだ。そう思わせるほどの凄みがある。


「それでその神が、なぜ商会を作るんで」


 もうプッロは、逃げも隠れもしないつもりだ。


「なぜか……。商会を利用して、資金を稼ぎ、帝国全土に網を張るのが商会の役目」


 商会の役目はわかっている。ならば目的はなんだろう。サラシアは頭をひねる。そしてすぐに結論に行き着く。


「民のためだ」


 サラシアが断言する。 


「民のため……」


 帝国貴族らしくもない言葉にプッロは戸惑う。


「ディエルナはどうしようもねえ町だ。戦争続きで人もいないし、食うもんもない。異民族もひっきりなし襲ってきやがる。かと言って帝国の中央も助けちゃくれねえ。だったら自分たちで何とかするしかねえだろ。それが、親父、バテル様の考えだ」


「なるほど、世のため、人のためってわけか。わからねえ、わからねえな。いひひひ」


 プッロは笑う。腹がよじれるほど笑った。


「人様のために働くのが貴族なのか? いや違う。俺が見てきた貴族って連中はこの世で一番、自分が好きな連中だ。バテル様は違う。やっぱり神様なのかもしれない」


「あなたの神ではないでしょう。もちろん、その素質はありますけれど」


 クレウサが、真面目に答える。バテルはマギマキナの神であって、人間だ。


「洒落や皮肉もわからねえか。あんたらホントになんなんだ。確かにあんたらに商売なんて任せちゃディエルナはおしまいだ。心配で仕方ねえ」


 プッロは、再び立ち上がる。


「このティトゥス・ティティエス・プッロ。生まれて初めて人様のために骨を折るとしましょうや」


 そこに酔っ払いの姿はなかった。

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