第30話 錬金商売1


 プッロは、ディエルナでは有名な飲んだくれである。


 毎日のように朝から晩までダルキアのまずい酒を飲んでいる。


 頭頂部は禿げ上がり、残った髪もぼさぼさ、鼻は大きく赤い。風貌のさえない小男である。


 町の通りで酔いつぶれては、通行人にちょっかいをかける。かと思えば、突然、踊り出す。町の住民からは嫌われているが、不思議と愛嬌のある男で、ある意味では愛されているのかも知れない。


 俺は、一流の商人だ。毎日飲んだくれていても金に困らないほど稼いだ。


 とプッロは、よく言う。


 何を馬鹿なことを、と町の住民たちはプッロの話を聞きもしなかったが、この小男が商人というのはあながち間違えでもない。


 プッロの家は代々商人をやっていて、数代前にはそれなりに栄えていたという。ただ事実であったとしても町の誰もが信じないだろう。


 プッロは、今日も酒ばかり飲んでいたが、いつもより機嫌が悪かった。理由はない。何日かに一回か、何週間かに一回かそうなるのである。


「こんなまずい酒なんて飲んでもうまかないだろう」


 酒場の女主人がプッロに酒を注ぎながら言う。


「何をいいやる。あんたが出してる酒じゃねえか」


「ディエルナは不景気なんだ。出したくて出しているわけじゃないよ」


 女主人は、悪態をつきながら食器を片付ける。


「うちの息子や娘もクラディウス様のところで立派にやってんだ。あんたも少しは、働いたらどうだい」


「俺が戦場なんか行ったって足手まといが増えるだけさ」


「昔は立派な商人だったんだろう。ディエルナでうまい酒を飲めるようにしておくれよ。うまかったんだろう。帝都の酒は」


「別に、似たようなもんさ。あんなクソみてえなところ、こっちから願い下げだ。いくら言ったって俺は働かねえよ」


 プッロは、安酒を勢いよく飲み干す。出来の悪い酒精がのどを刺激してむせる。この男、酒がそれほど好きではなかった。


 店を出て、またぷらぷらと町を意味もなく練り歩く。


「ちっ。働いたって意味なんてねえ。しようがねえだろうが」


 プッロは、いらだち、酒樽を蹴りつける。


「いってええ」


 中身が入っていたのか、足に激痛が走る。


「くそっ」


 不機嫌になったプッロは、背中を曲げ、ポケットに手を突っ込んで自宅までとぼとぼと帰っていく。


 プッロは、ディエルナに生まれ、十代で町を出た。しばらくたった頃突然、故郷に帰ってきた。その後は、もう二十年ずっとこの調子だ。昔から調子のいい男だったから周りの人間は、商売が大失敗したのだろうと囁いた。プッロは、おどけるばかりで何も言わないから本当のところはわからない。


 プッロは、自宅に帰ってきた。二階が住居で、一階が商店になっている。小さく狭い商店だ。ろくに手入れをしていないからプッロと同じく小汚い。


 両親がやっていた店だが、その両親も数年前に亡くなった。プッロが一人で住んでいる。


 扉を開け店の中に入る。


 窓を閉め切っているから湿度が高く暗い。


 もう二階の住居に上がるのも面倒くさい。酔っていると店の床で寝てしまうことがよくある。


 そのまま床に身を投げようとしたが、違和感に気付いた。


 プッロ一人しかいないはずの店の奥から強烈な気配を感じたのである。


 不用心にも鍵を閉めていなかったが、どんな阿呆な泥棒でも廃墟同然のこの家を狙わないだろう。だからこそ、この気配は異様である。


「……」


 プッロは、息を殺し、ゆっくりと進む。


 別に生きることに執着などしていないが、訳も分からず死ぬのは御免だ。


「よし」


 プッロは、空いた酒瓶を手に持った。


 酔いは吹き飛び、うつろな眼に光が宿った。


 誰かいる。


 店番が座っている位置に誰かが座っている。


 窓を閉め切っているせいで何も見えないが、確かにいる。


 プッロは、意を決して、酒瓶を振り上げ、へっぴり腰で進む。

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