第29話 錬金農業2
「もしやこのゴーレム。戦場にも投入できるのではありますまいか」
ベルトラは、根っからの戦士らしく一つの考えにたどり着く。
農業用ゴーレムは鈍重な動きしかできないようだが、隊列を組ませ、槍を持たせて、突撃させるだけでも戦力になる。
「流石はベルトラだな。もちろん戦場に投入できるだろう」
バテルは、飄々と言う。
実際には、すでに高度な戦闘を行える騎士ゴーレムを作っているし、人間の強者よりも高性能なマギアマキナすら横にいる。
「これを五百体。戦場に投入すれば……」
ベルトラは、想像する。新たな戦場の光景を。
「他言はしないでくれ。ベルトラ。皆も同じだ。他言すれば命はないものと思え」
バテルは冗談のつもりだったが、その笑顔に、兵士たちは戦慄する。
「ははあ、心得ておりまする」
ベルトラは、冷や汗をかく。
ゴーレムが大量に投入されれば、戦場は変わる。
しかもバテルは、それを瞬く間に五百も作り出してみせた。
もしこのことが露見すれば、パワーバランスが大きく崩れ、クラディウス家は危険視されることになるだろう。
だが、それ以上にベルトラは、未来を憂いた。
(土人形は痛みも感じず、血も涙もないだろう。それが戦場に群れを成して現れれば、どうなる)
もはや、それは自分の知っている戦場ではないだろうと、この古い武人にはそれ以上思いつかなかった。
「ベルトラ、畑に詳しい奴をディエルナから呼んできたか?」
「はい、探すまでもありませぬ。マルコ」
「は、はい!」
ベルトラに呼ばれ、一人の護衛兵が、バテルの下に来る。
いかにも新兵といった感じの青年で、粗末な胸当てを身に着けてはいるが、少しサイズが大きいのか着られてしまっている。
仮にも領主の息子であるバテルの護衛に、実戦経験もない新兵しか用意できていない。
それは良いのだが、バテルは、それほど人材不足なディエルナの現状を嘆いた。
「マルコは、このディエルナで初代様のころから畑を耕している家の者。兵としては半人前ですが、役に立つはずです」
「よろしく頼むぞ。マルコ」
「は、はひっ。必ずやバテル様の役に立ってみせます!」
「あはは、まあ、気楽にな」
マルコのあまりの緊張ぶりにバテルは少し不安になる。
バテルは、すっかり忘れているが、一応は名門貴族。クラディウス家は、ディエルナの民にとっては生まれた時からの支配者だ。素朴で純粋、無知な農民であるマルコの緊張も無理はない。
「俺は、ゴーレムを作れても畑に関しては、あまり詳しくない」
「はあ」
「できれば、次の冬までにたくわえを増やしておきたい。今からでも栽培は間に合うか」
この時期、ディエルナは、春も終わり、夏の足音が聞こえている。町周辺の畑を眺めていれば、わかるように主食である小麦の作付けはもうとっくに終わってしまっている。
「うーん。アルゴ芋なら間に合うかもしれません。育てやすいですし、腹も膨れます」
「アルゴ芋か」
アルゴ芋というのは、地球でいうジャガイモのようなものだ。
その昔、伝説の英雄たちが広大なオケアノス海を越えて、冒険してきた時に持ち帰ったという。病気や寒さに強くどんな場所でも育つと言われ、ダルキア地方では広く栽培され、主食の一つだ。
「ただ、ここの土はよくない気がします。相当な量の肥料も用意しなくてはなりません」
「ゴーレムがあれば、耕すのは簡単だ。あとは肥料か。要は、畑が栄養満点ならいいんだよな」
バテルは、地面に手を当て、一帯に広がる巨大な錬成陣を、展開する。
「ベリサリウス、ウル、頼めるか」
今度は偽装ではない。バテルにとっても
「はっ」
「お任せください。ちちう……バテル様」
ベリサリウスとウルはもう一度バテルと同調し、錬成陣の運用を手助けする。
それでも巨大な錬成陣は、バテルの底なしの魔力とベリサリウス、ウルの魔力をどん欲に食らいつくす。
「ぐっ。さすがに魔力が足りないか。イオ、あれを頼む」
「はい」
イオは、一枚の小金貨を取り出し、錬成陣に投げ込む。
それが黄金だ。
各地で多く産出される魔力の結晶である魔結晶も、魔導士や魔道具の魔力供給源としてよく使われるが、黄金に秘められた力はその比ではない。
特に帝国の小金貨は、純度が高い。より多くのエネルギーに変換できるだろう。資金力が必要だが、黄金さえあれば、
ダルキアでは貴重な小金貨が、ドロドロに溶けて、錬成陣に消えていく。
「ああ」
マルコたち新兵はもったいないと思わず声を上げる。
新たなエネルギーを吸収した錬成陣は、黄金の輝きを放ち、その文様が激しく動き始める。
(生命をはぐくむ肥沃な大地か。師匠が自給自足用に作っていた畑が多分一番参考になるだろう)
優れた土壌の元素(アルケー)の構成比率さえわかってしまえば、あとは
一見、荒れ果てている場所も、
(
人間離れしたマギアマキナであるベリサリウスですらバテルの規格外の魔力量には感心するしかない。
「錬成!」
バテルの声とともに錬成陣は光の粒子となって消えたが、土壌に見た目の変化はない。
マルコは、足元を少し掘り返し、土を握り、手触りを確認する。
「いい! いいです! 手触りも匂いもいい」
そして、おもむろに口にほおばる。
「味も最高だ。こんなにいい土がディエルナで使えるなんて。これなら、かなりの収穫を期待できるかもしれません」
口の周りを土だらけにして鼻息を荒くしたマルコが饒舌に語り始める。
「マルコ。どこで農業の知識を覚えたんだ?」
バテルは、マルコという思わぬ才能の発見に喜ぶ。
ディエルナに、農業の才能を持つものが埋もれているとは考えてもいなかった。
「い、いえ、私の知識なんてただの農民の知恵です。見ているうちに自然に覚えました。お、俺は三男坊でしたから、継げる畑がなくて、いつか俺も自分の畑を作るんだって、妄想ばっかりしていたもんで」
「なるほどな。それで兵士に、俺も三男坊だからよくわかる」
「あっ、すいません。兵士には誇りを持っています。それにバテル様に失礼なことを、お、お許しを……」
バテルも三男坊だったことを思い出したマルコは慌てて頭を下げる。
「いや、お前には罰を受けてもらう」
バテルは、満面の笑みをマルコに向ける。
無論、冗談であったが、その笑みがマルコにはひどく恐ろしく思えた。
「ひっ」
「バテル様、少しいじわるですよ」
青ざめたマルコを見て、不憫に思ったイオが、じとりとバテルに視線を飛ばす。
「悪い悪い。マルコ、お前には、この新しい農場を任せたい」
「へ?」
泣き出しそうなマルコが、ぽかんと口を開ける。
「父上もお許しになるだろう。いいか。ベルトラ」
「マルコは、兵士としては使い物になりませんからな」
ベルトラが高らかに笑う。
「俺が、畑を……」
「父上と相談してゆくゆくは、領民に分け与えるつもりだが、あくまでも、クラディウス家の畑だ。もちろん働きに応じて、報酬は支払うぞ」
「は、はい。願ってもないこと。身に余る光栄であります」
「よし、なら決まりだな」
その後、マルコは、農政家としての才能を開花させ、バテルのゴーレムたちとマルコの活躍もあって、農場の開墾は瞬く間に進んでいくことになる。
だが、その殺人的仕事量にマルコは、バテルの言った罰という言葉の意味を知ることになる。
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