第28話 錬金農業1
「農業ですか」
フォルカスはバテルに呼び出されていた。
「短期的には、街道の安全を確保したうえで、帝国中央部から輸入。ゆくゆくはかつてのように自立できるよう農地を広げて農業を盛んにすると」
フォルカスは眼鏡をくいっと上げ、
「それは素晴らしいご提案です。もちろん実現できればの話ですが。ディエルナの財政からは1デナリウスも支払うことはできません」
と冷たい目で答える。
「バテル様は、仮にも領主代行。なぜクラディウス家の財を使うことにあなたの許可が必要なのですか」
フォルカスの冷たい態度にイオは怒りをあらわにする。
「イオ。フォルカスはうちの金庫番だ。父上が財政の一切をフォルカスに任せた。今クラディウス家がやっていけてるのもフォルカスのおかげだ。それにはたから見れば、俺の計画は成功する見込みのないことだ。わかるだろう」
「ですが……。いえ、いちメイドが出過ぎたことを申しました。申し訳ございません」
イオにもバテルの言っていることもフォルカスの正しさもわかっていた。それでもフォルカスの心無い言い方が腹立たしかった。
「それで私に何の御用でしょう」
「ああ。街道の安全確保も農地の拡大もクラディウス家には一切頼らず、俺たちでやる。ただどこの土地を開墾するか相談したくてな。なるべくディエルナに近い場所がいい」
「それでしたら、候補地はいくらでもございます。ダルキアには土地だけなら余るほどありますからね」
そういって、フォルカスはディエルナの周辺地図に農業に利用可能な土地を書き込んでいく。
「使う予定のない空き地ではありますが、農業に適しているかは調べてみないことにはわかりません」
「調べる必要はない。土地さえあればいいんだ。それにしてもこんなに土地を使って構わないのか」
「ええ。ほかに用途もありませんし、農地になるならその方がいいのです」
「もっと渋るものかと思っていたぞ」
「まさか、そのようなことは。そもそも、土地も財産もクラディウス家のもの、領主代行であるバテル様がおっしゃれば、好きに使えるものです。わざわざ私に聞く必要などございません」
「ああ、好き勝手に開発して、父上やフォルカスの考えていた計画に支障が出るのはまずいだろう」
「やはり、あなたは聡明なお方です。それに私の計画ではどんなにうまくしのいだとしてももってあと十年。ディエルナの財政を一切傷めずに食卓が豊かになるというのならこれほどの喜びはありません」
「どこまでも正直な奴だな」
やはりクラディウス家の財政を瞬く間に立て直して見せたフォルカスの手腕は本物だ。合理主義者で頭も切れる。そして雇い主であるクラディウス家の領主代行バテルに迎合せず、毅然としている。
レウスは嫌っていたが、バテルはこのフォルカスという男が嫌いではなかった。
「恐れ入ります」
フォルカスは平坦な声でそういうと跪き、最大級の敬意を払った。
すぐにバテルは、ディエルナの城壁の外、まだ開墾されていない地域に来た。
イオは、もちろんのこと、補佐役としてベリサリウス、護衛としてウルも一緒だ。それとお目付け役に老臣ベルトラ、護衛の兵三名。
ベルトラは、百人隊長、千人隊長を歴任し、バテルの祖父の代から仕える忠臣だ。今は第一線を退き、バテルの指南役をしている。
(バテル様、怪しげな術にうつつを抜かしておるから心配していたが、近頃、顔つきが変わってきた。わしの授業を逃れて一体何をしていたのか)
ベルトラは、バテルのことは赤ん坊のころから知っている。昔から、子供のくせに妙に落ち着いていて、異彩を放っていた。近頃、少し見ない間に大きく成長したように思う。一体バテルの身に何が起こったのか想像もつかない。
(牛獣人族の娘、イオもまるで別人のよう)
ベルトラには、言語化できなかったが、ベルトラたち老臣が、バテルの提案を拒絶した時、一瞬だが、恐ろしいまでの圧迫感を感じた。
その気迫は、勇猛な牛獣人族とはいえ、まだ年端も行かぬ少女のものとも思えない。
(それにバテル様が連れて来たあの得体の知れぬ者ども)
素性はわからないが、バテルに異様な忠誠心を見せる謎の存在。しかも、それが九人もだ。まさかバテルの作った機械人形とはベルトラには知る由もない。
(あのベリサリウスという男。おそらくバテル様家臣団の筆頭格。フォルカスのような頭でっかちの文官かと思ったが、立ち振る舞いに隙が無い。相当の使い手とみえる。そして何よりフォルカスには無い高い忠誠心を感じる)
頭の切れる智恵者でありながら、一流の戦士のような身のこなし、長く生きたベルトラもあれほどの者は見たことがない。
(あのウルという女もすさまじい闘気だ。加えてあの美貌。この世のものとも思えない)
ベルトラも一瞬目をくぎ付けにされてしまうほどに美しい。まるで戦女神が天から舞い降りてきたようではないか。
ディエルナから連れて来た新米兵士たちもすっかり心を奪われてしまっている。
「バカ者。護衛に集中せんか」
護衛という役目を忘れて鼻の下を伸ばす新米兵士たちをはたく。
もっとも護衛という役割は、まだ十代の新米兵士が束になってもウル一人に及ばないだろう。
「見事になにもないな」
バテルの眼前には、手つかずの荒涼とした大地が広がっている。
ディエルナの町は、帝都ロムティアを始点として、北部ダルキア属州を縦断し、バテルの父、ディエルナ伯たちが戦っている北の国境、手前まで続く、帝国街道の中腹にある。
本来ならば、もっと栄えてもいいはずの町なのである。
ところが、町は小さく、周りに畑が広がっているが、いずれも、城壁に近いところまでしかない。
見ての通り、土地は、大いに余っている。だが、人手がない。ましてや、冷涼なダルキア地方のやせた大地を苦労して開墾したところで、それに見合った収穫は見込めない。
「土は悪いですが、起伏が少なく開けているし、川も近く、農業用水を確保しやすい」
ベリサリウスが土を掴み
「つまり土さえどうにかできれば、農業にはもってこいの場所ってことだ」
バテルは、満足そうに周囲を見渡す。
「しかし、やせた土ばかりは人の手ではどうしようもありますまい。ここいら全部に肥料をまいただけでディエルナの懐は干上がってしまう。それに、これほどの広さの土地。一体、たったこれだけの人数でいかようにして開拓されるおつもりですかな」
ベルトラは、バテルが突然、農地を開墾しに行くと言って飛び出して慌ててついてきた。何か策があるのかと思ったが、新参家臣を二人連れて、あとは手ぶらである。
新米兵士たちにも何をしに来たのかわからない。
一方のバテルは、もう開墾し始めるような気でいる。
ほとんど狂人である。
「バテル様なら大丈夫です」
イオの有無を言わさぬ忠義に満ちた迫力ある眼光に老練な武人ベルトラすらも押し黙らざるを得ない。
「見ていてくれれば、わかるさ」
バテルは、手を広げ地面に巨大な錬成陣を展開する。
「「おお!」」
護衛の若い兵士たちは、見たこともない巨大な魔術陣に、歓声をあげる。
実際には錬成陣であるが、
「なんと!」
バテルの錬成陣の巨大さに、長年、戦場でベテラン魔術士たちの絶技を見てきたベルトラも舌を巻く。
(戦場で使われていた
(このお方ならばもしや)
歴史に名を遺す大英雄になるではあるまいかとそこまで、ベルトラは、唸った。
バテルの巨大錬成陣には、それほどの迫力がある。
「ウル、ベリサリウス、手伝ってくれ」
「このくらい父上一人でも……むぐぐ」
不思議そうな顔をしているウルの口をベリサリウスが押さえる。
「バテル様です。命令なのですから黙ってやりなさい」
まったくウルはうかつすぎるとベリサリウスは頭が痛くなる思いだ。
「「同調!」」
ウルとベリサリウスも錬成陣のコントロールに加わる。
「これほど複雑な魔術陣の同調操作も可能なのか。やはりあの二人もただものではない」
シンプルな魔術陣ならいざ知らず、複雑な魔術陣を複数人でコントロールするのは極めて難しいというのは魔術師でなくとも知っている。
「錬成!」
錬成陣は、黄金の輝きを放ち、周りの土を竜巻のごとくかき集めて、ゴーレムの軍団を作り上げていく。
瞬く間に出来上がったゴーレムの数は五百を超える。
バテルのゴーレム技術は進化していた。
一度に錬成できる数は日増しに増加し、性能も格段に上がった。
本当ならば、一人でも千体以上のゴーレムを一度に錬成できるのだが、あえてイオの人体再錬成と同じようにウルとベリサリウスに手伝ってもらった。
ウルとベリサリウスにも家臣足りうる実力があると見せるのと同時に大規模な錬成陣は複数人でないと使用できないと偽装するためだ。
今回錬成されたゴーレムたちは、戦闘用の騎士ゴーレムではない。種類も様々で主に運搬を担う車輪付きのゴーレムから農作業用に設計したクワ持ちのゴーレムもいる。
その圧倒的な数は、さながら一個の軍隊である。
「また、騎士ゴーレムと戦いたいです」
イオが、こぶしを振る。騎士ゴーレムがいないので不満そうだ。
シンセンの下で修業に明け暮れるうちに、かつてクラディウス家としのぎを削った武闘派獣人の血が騒ぐのかイオもすっかり戦闘狂になっている。
「こらこら、今日は畑仕事に来たんだ。それは、また今度な」
バテルにとっても騎士ゴーレムには特に思い入れがある。
イオと何度も戦って、より高度な戦闘が行えるように、改良し続けた。シンセンに、太鼓判を押されたイオの戦闘力にはまだ遠く及ばないが、数十体でかかれば、イオも満足する修行相手になる程度には強い。
「ざっと五百体だが、今はこれで十分だろう」
「五百……!? バテル様。これは一体?」
「土くれの人形ゴーレムだ。ただの人形じゃないぞ」
バテルが、指揮者のように手を振る。
すると一列にずらりと並んだ農業用のゴーレムたちは、一斉に動き始め、寸分の狂い無く鍬を振り始めた。
新兵たちは、瞬く間に荒野が耕されていく光景を食い入るように見ている。
「指示を出せば、あとは全部勝手にやってくれる」
「なんと、このような
「当たり前だ。これは
「
ベルトラは、呆然とするしかない。
ゴーレムを使うことで、この広さの荒野を開墾してしまうなどまったくの常識外れだ。
「ただ魔道具と同じように人間が魔力を供給してやらないといけない。俺のゴーレムもまだまだだ」
やはり簡単に作り出せるだけあって、疑似魂魄である
指示を出さなければならないし、魔力の供給も外部に頼らなくてはならない。
それでもベルトラたちからすればとてつもなく高度な代物だ。
「このゴーレムという魔道具は、すべてバテル様が魔力を供給しているのですか」
ベルトラはそろそろ驚き疲れてきた。
魔道具と同じく魔力を入れてやる必要があるとバテルは言っていた。自分の知る魔道具から考えて、ゴーレム一体にどれほどの魔力が必要かベルトラにも推測できた。
もっともその推測よりもバテルのゴーレムの魔力消費の方が、はるかに効率がいいが、この数になれば、やはり相当な魔力がいる。
「これだけのゴーレムを一度に作って動かせるのは、ちちう……バテル様だけでしょう」
ウルがまるで自分のことのように鼻を高くする。
「バテル様の魔力量の高さは昔からですが、これは……」
もはや人間の領域には無いだろう。
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