第27話 2つの策


 食糧問題。


 目下、ディエルナを最も苦しめている深刻な問題である。


 元来、ダルキア地方は気候冷涼、土地は痩せていて農業に適していない。それに加えて、労働力をみんな戦さに取られてしまっているから開拓どころかわずかばかりの畑の維持もままならない。


 一方、食料の需要は増すばかり。


 出征した兵士たちに食料を送らなければならないし、ディエルナに残された老人子供も腹は減る。


 しかし、このまま不作の年が続き、食料不足ともなれば、みな、何度目かの冬には飢えて死ぬことになるだろう。


 残るのは食料が必要ないマギアマキナたちだけだ。


 短期間で食料問題を解決する必要がある。


「バテル様。一体どうするおつもりですか」


 イオがバテルに尋ねる。


「一つは早期に戦争に決着をつけること。これは俺たちではどうしようもない。俺たちにできる解決策は二つだ」


 バテルに良案ありだ。


「第一案は、輸入だ。幸い帝国には肥沃な地域が多い。皇帝陛下直轄の属州の中には、黄金の麦畑に覆われたところもあるらしい。そこから輸入できれば、問題はすぐに解決する」


「なら、あんまり心配しなくてもよさそうですね」


 安心したように微笑むイオにバテルが首を振る。


「そうはうまくいかないさ。そんなに簡単な話ならフォルカスあたりがとっくにやっている」


「街道には盗賊が跋扈し、並みの商人ではディエルナまでやってこない。さらには商人が来たとしても食料を買う金などディエルナにはない」


 ベリサリウスが問題点を淡々と述べる。


 商業が発展している帝国中央部や東部地域と違って、北部ダルキアは貨幣経済が浸透しているかも怪しい。北部は帝国の他地域に比べて五十年は遅れているだろう。


 利に聡い商人たちがわざわざ来訪する理由がない。


「他の貴族に助けは求められないのか? 同じ帝国の民が飢えているのだぞ」


 ウルは、疑問に思う。帝国が豊かな国なら少し分けてもらえばいいではないか。


「ダルキアの貴族が頭を下げたところで中央貴族は助けちゃくれないさ。あいつらの頭にあるのは自分がいかに得をするかだけだ。自分の損になるようなことはしない」


「なんと無慈悲で強欲な奴らだ」


 ウルは、怒りにわなわなと震える。


「ダルキアが滅べば、次は自分たちと少し考えればわかりそうなもんだが、連中のおつむでは無理らしい。ま、もっと先まで考えられれば、ダルキアだけに国境防衛を押し付けるなんて真似してないだろうけど」


 バテルは、もはや呆れかえり、怒りもわいてこない。


「では、無能な中央貴族を滅ぼし、父上が皇帝になればいいのです。父上と我らの方がうまくできる」


 ウルは、鼻息を荒くして訴える。


「あはは、そうかもな。でも、俺たちには力がない。皇帝になるには、中央貴族になって出世コースに乗らなきゃダメだ」


 エルトリア帝国の皇帝は、世襲することは少ない。基本的には将来有望な中央貴族のエリートが後継者に選ばれ、即位することになる。北部の田舎貴族など最初からお呼びではない。


「ダルキア貴族が皇帝に名乗りを上げるなら、きっと何十万っていう軍隊が必要になる。仮にできたとしても、そんなことをすれば、改革する前に帝国は火の海になる」


 軍事力による帝位の簒奪など無意味なことだとバテルは考えている。ただでさえ、国境への出兵で火の車なのに、帝国を内乱状態にするなどばかげている。その隙におとなしくしている隣国も大挙して押し寄せてくるに違いない。


「とにかく今は、ディエルナの人たちだけでもなんとかしないと」


「バテル様のおっしゃる通り。今はまだ力を蓄えるべき時です」


 ベリサリウスも諫める。


「むうう」


 ウルは不満そうだ。


(ベリサリウスも案外乗り気なんじゃないだろうな。俺は皇帝なんてまっぴらだぞ)


 バテルは、心配になる。


 マギアマキナは、創造主であるバテルへの忠誠心が高すぎるせいで、暴走気味になることがある。バテルによって作り出されたマギアマキナは、常にバテルのために働くことによって自分が生きている意味と価値、存在理由を維持できる。


 これは、シンセンの言っていたマギアマキナを生み出した者の責任だ。バテルが背負わなければならない。


(確かに問題の根本的解決のためには帝国全体をどうにかしなくちゃならない。だが、俺はダルキア地方どころかディエルナって小さな町で手一杯だ。帝国全土なんて面倒見切れない。それに俺は皇帝なんて器じゃない)


 自分は確かに特別かもしれない。前世の記憶を持ち、膨大な魔力をその身に宿している。だが、皇帝というのはもっと歴史に名を遺すような英雄がやるものだ。いや、どんなに英雄と称えられる者であっても、人間である以上、すべての人間を従えるような器にはない。帝国と臣民の頂点に立つ皇帝に向いている人間など古今東西いたことはない。人間どこかで無理をすれば必ずどこかで破綻するとバテルは思っている。皇帝などその最たるものではないか。


「結局、食糧問題はどうするんですか?」


 イオが話を戻す。


「そうだな。やっぱり、短期的に十分な量の食料を確保するとなるとどこから買いつける必要がある。そのためには街道の安全確保と資金調達が必要だ。そこはサラシアやガイウスたちに任せている。あいつらならうまくやるさ」


 イオ、ウル、ベリサリウスは確信をもってうなずく。


「これで短期的な食糧問題は解決するだろう。だが、いつまでも輸入には頼っていられない。自給自足していく必要がある。俺たちはもう一つの解決策を試してみよう」


「他にも方法があるのですか?」


 ウルが小首をかしげる。


「一番簡単な話だ。食料が無ければ、作って増やせばいい」

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