第21話 神仙武術の継承者


「決まりじゃな。くひひ、わしの魔帝掌を継承できる日がこようとは」


 魔帝掌? なんだそれは、とバテルが考えているとシンセンがちらちらと見てくる。


 どうやら聞いて欲しいらしい。


(いや待て、ここで簡単に聞いてはダメだ。シンセン師匠は、話し好きだ。しかも年のせいか俺の経験上、昔話、特に自慢話が多い。日が暮れてしまってもおかしくない)


 その幼く美しい姿も相まって、最初は一生懸命に話している様が、愛らしくもあったが、とにかく長い。やたらと長い。


 修行の半分はシンセンの昔話なのではないかと思う時もあるほどだ。


 シンセンには申し訳ないが、ここは、さらりと流すに越したことはないとバテルは、意図的に聞き流していた。


「魔帝掌とはなんですか?」


 そんなこととは、つゆ知らず、イオが尋ねると待っていましたとシンセンの表情は、わかりやすく明るくなる。


 シンセンは、ここからが長い。


「ほう、イオ。魔帝掌に興味があるのか?」


「はい。何かすごいものなのですか?」


「とにかくすごいぞ。なにせ、わしが千年かけて編み出した武術じゃからな」


「千年も!」


「聞きたいか?」


「聞きたいです」


「よしよし、そこのろくに話を聞かぬたわけとは違って、イオはいい子じゃな」


「たわけって言いすぎですよ。師匠」

(ぐ、最近は、シンセン師匠の話、長すぎて途中から心を無にしていたからな。バレてたか)


 シンセンは、相手が熱心に聞かせて欲しいと乞うように誘導する癖がある。


 豊富な知識や経験は大変ためになるが、無意識なのだろうが、この悪癖のせいで、ありがたみというものが薄れてしまう。


 イオは、あまりにも素直に、いちいち感心するものだから、どんどんシンセンも気分が良くなって、雄弁な語りが止まらない。


「魔帝掌。それは、わしが千年という長き時をかけて、編み出した神仙武術とでもいうべき武術体系の究極奥義、一撃必殺の技じゃ。いや、わしの技の数々は武術という型にはめるには、もったいないものであるかな。回復に索敵、占いまで、あまりにもできることが多様であるからのう。というのも、わしの武術は、東方の仙術をもとにしておる。仙術は、もともと、不老不死を目指す道士の……であるから、古今東西の武術を掛け合わせて……特に……」


 一瞬で敵との間合いを詰める独特の歩法や気配を完全に消し、身体能力を強化する特殊な呼吸法、魔力回路を活性化させる回復術。


 要約すると古今東西あらゆる武術をいいとこ取りしたシンセンのオリジナル万能武術、それが神仙武術だ。


 神仙武術は、万能ゆえに身体能力や五感などの基礎的な能力が高くないと習得できないらしい。


 中でも魔帝掌は、神仙武術における到達点であり、すべての技術を注ぎ込み、身体能力を極限まで高め、一撃必殺に敵を倒す究極奥義である。


 もはや普通の人間には習得することが不可能な術なので、人間離れしたイオにぴったりというわけだ。


「そうじゃな、あれは、わしがある島国を訪ねた時、団子屋によったのじゃが、そこで……」


 しかし、話が長すぎる。しかも、完全に話が違う方向にずれている。


 イオは、ずっと目をきらきらさせて聞いているので、余計に止まりそうにない。


 これでは日が暮れてしまう。


 バテルは、決死の覚悟で止めに入る。


「し、師匠。そろそろお話は、また後日聞きますから」


「なんじゃ、これからがいいところじゃというのに。のう、イオ」


「はい。お師匠様のお話は、とっても面白いです」


「ならば、もっと面白い話が……」


「でも、お師匠様の魔帝掌も早く学んでみたいです」


「おお、そうか、そうか。イオが言うなら、さっそく修行に移るか」


 驚いたことにシンセンは、すんなりとイオの意見を聞き入れ、話をやめた。バテルは、扱いの差に呆然とする。


(なに、そんなにあっさり)


 シンセンは、まるでイオを本物の孫のように猫かわいがりしている。


 純真なイオには、確かに誰でも心を許してしまうような、魔性の魅力がある。


 それには百戦錬磨のシンセンもやられたのだろう。


「まだイオは、安静にしていた方がいいんじゃ」


「善は急げというだろう。それにイオが我慢できそうにないぞ」


「バテル様……」


 もじもじと物欲しそうな目でイオは、バテルを見上げる。


 イオには、ゆっくり休んでほしいが仕方ない。


「はあ、わかったよ」


 懇願するイオの潤んだ瞳に、たまらずバテルは頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る