第20話 最強の肉体


「バテルか。遅かったな。イオの体のことならもう大丈夫じゃ」


「さっき体感してきたところです」


 ようやくバテルが這い出したころには、シンセンによるイオの検診も終わり、ずいぶん経っていた。


 バテルも最初は心配していたが、バテルをあれだけ突き飛ばす力があれば、体調が悪いということはないだろう。


「ごめんなさい。バテル様。まだコントロールがうまく効かなくて。メイドである私が、バテル様を突き飛ばすなんて……」


「はは、まあ、いいじゃないか。元気な証拠だ」


「はい。おかげさまで元気いっぱいです。ですから、これからは、バテル様が外に出るときは、必ずついていきます」


「わざわざ、ここにまで付いて来なくていいんだぞ」


「いえ! 絶対に! もう二度と! バテル様のそばから離れません! お師匠様から全部聞きましたよ。危ない修行や実験をいっぱいやってたって!」


 イオが、ずいとにじり寄ってくる。その圧に押され、バテルは、のけぞる。


 今回の隠し事のせいで余計な心配をかけてしまったせいか、イオは、過保護気味になっている。イオは、善意でやっているし、自分の愚かさが招いたことなのでバテルも了承するしかない。


「ああ、わかったよ。好きにしてくれ」


「はい。ありがとうございます」


 イオは、満点の笑顔を見せる。


「そこで、バテルよ。ひとつ思案があってな。イオもわしの弟子として育てたい。おぬしの修行を見ているだけというのも暇じゃろう」


「確かにその方がいいかもしれませんね。イオの気持ち次第ですが」


「いや、そうなんじゃがな。私にはメイドとしての務めがある。ご主人様に許しを頂かないと、と言って聞かなくてな」


 シンセンは、困惑した表情で頭をかく。


「はい。私は、バテル様のメイドです。勝手に決めることはできません。それが一族のしきたり、いえ、私の掟です」


「ほれ、この調子じゃ。温和で利発じゃが、どうにも頑固すぎるところがある」


 そこがいいところなのだが、もう少し頭を柔らかく肩の力を抜いて欲しいとバテルも常々思っている。


 ただ、永き時を生き、人の価値観にとらわれないシンセンや地球の倫理観を知っているバテルが、この世界では異常なだけで、イオからすれば至極真っ当な主張であった。


「イオの新しい魔力回路は素晴らしいものじゃ。これと同等の出力は、神話の時代の龍くらいのものよ。それに加え、バテル貴様、魔力回路の異常だけ治療すればよいものを、だいぶ強化を施しておるな。本人の許可も得ずに」


「うう、それは、イオには、もう二度と病気やけがで苦しんでほしくなくて」


「言い訳は良い。人体錬成は禁忌の領域。他人の体を弄ぶなど言語道断。また、みっちり説教が必要なようじゃな」


「ま、待ってください。お師匠様。バテル様にもらったこの体に、感謝こそすれ、不満なんてありません。バテル様も私のことを思って」


「とは言っても、もう、おぬしは普通の獣人ではないのじゃぞ」


「いいんです。バテル様を守れるなら」


「おぬし、そこまで入れ込んでいるとは……まったくバテルめ。罪作りな男じゃ」


 シンセンはため息をつく。


「イオは、わしの武のすべてを教えてあまりある才能の持ち主じゃ。バテルよ。お前からイオにわしから習うように勧めてやってくれ」


 イオは、人体錬成により、見た目こそ変化はないが、魔力による身体能力の強化に理想的な魔力回路と、もともと丈夫な牛獣人をはるかに超える強靭な肉体を得た。


 なるほど、確かに鍛えれば、世界最強の戦士になるのも夢じゃない。


 この際、偉大な武術家でもあるシンセンに教えを請えるならこんなにいい話はない。


「どうだ。イオ。師匠もこう言っていることだし、一緒に修行を受けてみないか?」


「……バテル様がそういうなら、はい、私も修行を受けます。バテル様をもっとお守りできるように強くなりたいです」


 イオは、すました顔をしているが、しっぽをぴょこぴょこと振っている。


 本心ではイオもシンセンの修行を受けてみたかった。


 もっとも根底にあるのは、バテルを守る。バテルのため。これに尽きた。


 それに、元々、イオは、魔力回路の不調さえなければ、そろそろ本格的に戦士としての訓練を開始する時期なので好都合である。

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