第17話 約束を忘れない
この世界のあらゆる生物は、体内で魔力を生産し、あるいは外界に満ちる魔力を取り込み、それを魔力回路に通して、身体機能を活発化させている。
この魔力回路を活用して、魔力を放出し、
イオの病は、極めて稀とされる先天的な魔力回路の異常だ。魔力回路が詰まっていて、魔力が、上手く循環していない。放置していれば、よどんだ魔力が飽和し、イオの体は崩壊する。
「イオ、大丈夫か?」
バテルが心配そうにベッドの上のイオに声をかける。
「はい、おかげさまで楽になりました」
口ではそう言っているが、かなり苦しそうな表情だ。
「本当は、イオの魔力回路の異常のことわかっていたんだ。黙っていてすまなかった」
「私のためですよね。わかっていますから、そんな顔をしないで」
イオが、バテルの震える手を握る。
「イオ……」
(苦しいはずなのに、俺のことを気遣って……)
それでも不安はぬぐえない。
「今まで助けるために準備をしてきた。正直に言うと、かなり深刻で、治療がうまくいくかも……」
「バテル様」
イオが、バテルの説明を遮るように言う。
「わかっています。自分の体のことですから」
イオは、賢い少女だ。自分が死の淵にいることがわかっているし、治療にはリスクを伴うことも、リスクを取らなければ、どのみち死ぬこともすべてわかっている。
「私は、バテル様に心配してもらえるだけで十分」
イオは、微笑を浮かべて見せる。
(俺がおびえてどうするっていうんだ)
バテルは、気合いを入れ直す。
「約束しただろう。魔力を使える方法を一緒に探そうって。ちょっと先走ったけど見つけたぞ」
「覚えていてくれたんだ……」
幼い日、降りしきる雨の中、出会った少年と少女の約束。
魔力を扱うことができるようなるため必死に訓練を積み重ねてきた。
バテルにメイドとして仕え、年月が経つうち、バテルは、約束を忘れてしまったのだろうと思っていた。
(それでもよかった。魔力なんて本当はどうでもいい。バテル様やリウィア様と一緒にいられた。それだけで十分幸せだったから)
だが、バテルは、ずっと探し続けていた。
生きるか死ぬかはどうでもいい。
約束を覚えていてくれた。
それだけで、イオの壊れかけた体は、喜びで満ちている。
「忘れるわけがないだろう。必ず助ける。安心して俺に任せろ」
バテルは、ドンと胸を叩いた。
「はい……お願いします……」
満足そうに笑ったイオは、安堵して眠る。
バテルも覚悟はできている。
(イオを救うには、魔力回路が正常な体に作り変える。再錬成しかない。何度もシミュレーションしてきた。問題ないはずだ。それでも人体の錬成は、未知の領域。だけど魂から作るよりよほど簡単なはずだ。マギアマキナだってもう十回も作った。もし失敗すればイオは死ぬ。なるべくならこの手は使いたくはなかったが、もう時間がない。絶対に成功させてやる)
研究所の地下にあるイオを専用の巨大な治療室に運ぶ。
治療室は、円形上のドームになっており、無数の魔術陣や錬成陣が描かれ、
クレウサとルピアが、イオの服を脱がし、体を清める。
「始めるぞ」
ともに治療を行うシンセンとマギアマキナたちがうなずく。十体のマギアマキナたちは、円の形を作って、治療室の端に並ぶ。
「シンセン師匠、お願いします」
「わかった」
シンセンは、手を構え、精神を集中させる。
普段、呼吸のように複雑な術を平然と使うシンセンが、ここまで集中するのは珍しい。
莫大な魔力を濃厚に練り上げ、綿密な魔術陣を描く。
手首をひねり、片足を前に出して、
「はあっ!」
手のひらをイオの体に撃ち込む。
イオの体が、一度跳ねたかと思うと、背中から淡く優しい光を帯びた球が飛び出してくる。
イオの魂だ。
「結界展開――――封魂」
シンセンはすぐさま、印を結び、イオの魂が消えないように結界術で封じ込める。
「ふう、これでひとまずは成功か」
さしものシンセンも汗をぬぐう。
器に収まっていない魂は、高密度で極めて不安定なエネルギー体。それを結界に封じ込めるのは至難の業だ。
ともあれ無事、イオの魂を結界に封じ込めた。
それでもまだイオの肉体は脈を打ち、呼吸している。
あらかじめ仕込んでおいた魔術陣で、イオの肉体が維持されるようにコントロールしているのだ。
次は、バテルの番だ。
「わしの厳しい修行に耐えてきたのじゃ。自信を持て」
シンセンの言葉にバテルの肩の力が、すっと抜ける。
極度の緊張をはねのけて、イオを助けたいという強い意志が凄まじい集中力を生み出す。
「錬成陣展開」
無数の文様と奇怪な文字で彩られた円形の錬成陣が、幾重にも積み重なって緻密な機械仕掛けの時計のように組上がっていく。壁や床、天井にまで刻まれた錬成陣と同調し、部屋全体が、ドーム状の錬成陣となる。
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