第16話 マギアマキナはこの日のために

 

 バテルに抱き着いたのは絶世の美女だ。

 艶やかな新緑の髪は豪勢な縦ロールにまとめられ、エメラルドのような蠱惑的な瞳は見ているだけで酔ってしまいそうになる。豊満な肢体を豪奢なドレスで着飾り、貴族のような気品にどこか妖しげな雰囲気の漂う魅惑的な美女だ。


「バテル様。この方は?」


 イオは、バテルに抱きついてきた女を射殺すような視線でにらみつけ、拳を構える。


「そんなに怒らないでくださいませ。お母様。わたくしはクレウサ。マギアマキナ、お父様の娘ですわ」


「娘には見えないけど」


「あら、マギアマキナは、リウィアのように幼い見た目で生まれることもあれば、ベリサリウスやわたくしのように少し大人びて生まれる者もいましてよ」


「そ、そうだ。怒るようなことは何もないだろ。イオ」


 急に殺気を帯びたイオにバテルは、慌てる。


「お前が鼻の下をのばしておるからじゃろう」


「いや、クレウサは、俺の娘みたいなもので、そんな下心なんて」


 バテルに他意はない風を装っても、シンセンとイオの目には明らかであった。


「私は怒ってなんていません」


「ご安心くださいな。わたくしは、お母様からお父様をとるような真似は致しませんわ」


 クレウサは、バテルを解放し、ゆらゆらとイオの方に歩いてくる。


「……娘としていっぱい甘えちゃうかもしれませんけれど。もちろんお父様が女として求めてくださるならそれ以上も。ふふ」


 そうイオの耳元でつぶやくとクレウサは、妖しい笑みを浮かべる。


 イオは、険しい顔をしたまま闘気をたぎらせている。


「クレウサ。なぜイオ様を挑発するようなことを」


 ベリサリウスがいさめる。


「あら、わたくしは、ただマギアマキナ以外の弟や妹が欲しいと思っただけですわ。それに……なんだか、じれったいんですもの」


 彫刻のように精密で近寄りがたいほどの美しさをもつクレウサの表情は、まさに無邪気な子供そのものだった。彼女が、まだ生まれたてで悪戯好きの子供だということを感じさせる。


「そんな、私がバテル様となんて……」


「わー、ママ、顔真っ赤じゃん、かわいい」


 と他のマギアマキナがはやす。


 彼女の名はルピア。


 ピンクに緑や赤のメッシュが入った派手で奇抜な色のポニーテールが揺れ、黄金の瞳がきらきらと輝いている。


 へそ出しで、シャツの胸元も大きくはだけ、下はミニスカート。バテルの前世なら珍しくもない服装だが、帝国人から見ると踊り子のような派手で露出の多い格好に見える。


 やはり目を見張るほどの美少女である。


「やめないか。クレウサ、ルピア。無礼だぞ」


 紅髪のマギアマキナが、燦然と輝くルビーの瞳で睨みつける。


 彼女の名は、ウル。燃え盛る炎のような赤い髪が腰まで延びている。目つきは鋭く、凛々しくも美しい顔立ちは天界から舞い降りた戦乙女のよう。長身でスタイルもいい。腰には長剣を帯び、帝国の傭兵のような恰好だ。


「みなさん~喧嘩はダメですよ~」


 おっとりとしたマギアマキナ、アモルが止めに入る。


 ゆるくふわりとしたウェーブがかかった金髪にピンク色のまんまるい瞳。天使を思わせる温かみのある可愛らしい美少女だ。


 フリル付きのふわふわした純白のドレスを着ているが、その背中には似つかわしくない狙撃銃を背負っている。


 言い合いをしているうちにウルとルピアは、喧嘩になってしまう。


「女三人寄れば姦しいって言うけど、うるさいな~」


 少年のような少女のような中性的な顔立ちのマギアマキナ、エルが耳を両手で塞ぐ。


 そこら辺にあった部屋着を適当に着ていて白い柔肌が見え隠れしている。やや白みがかかった青色の髪もぼさぼさだ。美しいナイトブルーの瞳もどこかやる気がなく気だるげである。


「元気があってよいではないか!」


 大音声で叫んだマギアマキナは、ガイウス。


 蒼い瞳を鋭くぎらつかせ、豪快に笑っている。筋骨隆々で蒼の大鎧が良く映える。威風堂々たるいかにも武辺者といったような偉丈夫である。


「う、うるさいなあ。ガイウス」


 エルは、余計に縮こまる。


「そもそもエル、お前も女性型マギアマキナじゃねえのか?」


 問いかけたのは、サラシアだ。


 紫紺のツインテールに、目は切れ長、片側の目には眼帯をつけている。上は黒のジャケット、下は黒のスキニーパンツとシックな格好だ。だが、外見的年齢はリウィアと変わらない幼女だからか愛おしい。


「え? そうなの」


 エルは、小首をかしげる。


「……マギアマキナにとって雌雄などどうでもよいこと」


 マギアマキナのファビウスが、ぼそりとつぶやく。


 丸禿で褐色肌のつなぎを着た大男。真紅の両眼をぎらつかせ、職人の雰囲気を漂わせる。寡黙な男で余計なことは言わない。


 手先が器用で美的センスにあふれ、個性的なマギアマキナたちの要求する多様な衣装をバテルの前世の知識を参考に作ったのは、ファビウスだ。


「にぎやかですね」


 イオが嬉しそうに笑う。

 いつの間にか、バテルへの疑念や孤独感は消えていた。


「まるで家族が増えたみたいで……」


「イオ!」


 突如、ふらつき倒れそうになったイオをバテルが抱きとめる。


 クレウサがイオのおでこに手を当てる。


「すごいお熱ですわ」


「どどどどうしましょう」


 リウィアをはじめ、マギアマキナたちが慌てふためく。


「みな、落ち着け」


 シンセンが大喝し、混乱を収める。


「想定より進行が早い」


 バテルが、錬成陣を展開し、イオの体を調べていく。


「先天的な魔力回路の欠陥、聞いていたよりも深刻なようじゃ」


 錬金術マギアマキナでイオの体を検査しようとしたとき魔力を使えない原因を発見した。この世界に住まう人々特有の器官、魔力回路が詰まっていたのだ。バテルの錬金術アルケミアの検査で微弱な魔力を流すのも危険なほどであった。


「予想よりもイオの潜在的な魔力量が高いようです。これほどの量の魔力を体に保っていて今まで無事だったことが奇跡だ」


 魔力とは循環するもの。魔力保有量がどれだけ多くても、その魔力は常に外から取り込まれ、体の中をめぐり、やがては放出される。

 流れが悪ければ、その魔力はよどんでいく。


「このまま魔力をため込み続けて、飽和状態に達すれば、いずれ魔力は暴発する。そうなれば、イオの体はもたない」


 バテルは、汗と動悸が止まらない。かねてより、治療のために準備をしてきた。だが、イオの症状は極めて珍しく、死に至る深刻なものだ。治療法に先例はない。


「ご安心ください。バテル様」


 ベリサリウスが、バテルにひざまずき、


「我ら、マギアマキナ、この日のために作られました。バテル様のお力となりましょう」


 と他のマギアマキナたちも続く。


 リウィア、ベリサリウス、クレウサ、ルピア、ウル、アモル、エル、ガイウス、サラシア、ファビウス。


 総勢十名のマギアマキナだ。


 イオの不治の病を治すには、高度で複雑な錬金術アルケミアを使う必要がある。その補助をするためにできるだけ多くの、しかもきわめてすぐれた魔力操作技術をもつ人員を大量に必要とした。そんな人間を普通に集めることは時間的にも予算的にも余裕がなく到底不可能だろう。

 だったら足りないのなら作ってしまえばいい。ゆえにバテルは、禁忌に触れるかもしれない生命創造をも凌駕する錬金術アルケミアでマギアマキナたちを作った。全員、人間よりもはるかに優秀だ。


「わしもいるぞ」


 頼もしい師匠もいる。


「ああ、みんな、師匠。どうか頼む。一緒にイオを救って欲しい」


 頭を下げたバテルに一同力強くうなずいた。

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