第13話 メイドの決意
「んっ、あの時の夢……あっ、もうこんな時間」
牛獣人のメイド、イオが、あわただしく起きだして支度を始める。
彼女の家は、代々牛獣人部族の長を務める家系である。帝国勃興期にクラディウス家と激しく争ったが、ついには屈して、その配下となった。今では帝国にすっかり同化している。
クラディウス家に仕える家臣の娘が、屋敷に奉公に出るのは珍しくないが、ほとんどが戦士になる牛獣人部族からは初めてだ。
だが、イオは、誰かに言われて仕えているわけではない。自らの意志でバテルに仕えることを決めた。
(バテル様は、自分でやるからいいっていうけど、バテル様のお世話をするのがメイドの務め。今日も頑張らないと)
最近は、主人であるバテルが、やたらと朝早くに起きるので、メイドであるイオは、それよりも早く起きねばならず、忙しい。
前世の記憶も持たない年相応の普通の少女だが、よほどバテルよりもしっかりしている。
真面目で勤勉、無欲で、わがままひとつ言ったことがない。牛獣人だけあって、人間の大人よりも体力があるし、力も強い。
もっとも戦闘的種族であった牛獣人特有の荒々しくも芯の通った性格を無くしてはいない。
「う、また胸のあたりがきつくなっちゃったかも」
この前、仕立て直したばかりなのに、とため息を吐く。
「バテル様もちらちら見ているし、やっぱり太ったのかな」
バテルの単なる下心に違いないが、純真なイオは、見当違いに嘆いている。
「最後にこれを」
メイドの正装たるメイド服に着替えるとカウベル付きのチョーカーを最後につける。
チョーカーの位置を神経質なほどに調整し、小さな鈴を手で揺らして、鏡で自分の姿をじっと見る。
「よし」
ようやく納得がいったイオは、部屋を出て仕事に向かう。
「けほけほ」
イオは、今朝からのどの調子が悪く、体も熱っぽい。
牛獣人であるため体は丈夫だが、ここ最近、夜明け前には準備を始めているので無理がたたったのだろう。
それでもバテルのためにメイドとして働くことは幸福だった。
必要とされていない自分に初めて希望の光を与えてくれた。一緒にいてくれる。孤独な彼女にはそれだけで十分だった。
ただ、いつも一緒だったバテルが何も言わずに出て行ってしまうことが、彼女の心に暗い影を落としていた。
(バテル様は、こんなに早く起きて、どこに行っているんだろう? 稽古だというけれど。私も連れて行ってくれればいいのに)
イオは、バテルのことが心配だった。
(いつも帰りが遅いし、帰ってくると疲れ切っていて、倒れるように寝てしまう。最近はディアナ様のお部屋にもあんまり行っていないようだし。ディアナ様も寂しがっている)
働き者のクラディウス家の人間だといっても多忙が過ぎる。ましてやバテルは、まだ成人前の少年である。
帰ってきては泥のように眠ってしまうバテルを見て、体を壊すのではないかと気が気ではない。
(お屋形様やレウス様、ラウル様が遠征に行かれてから、バテル様は、すごく頑張ってる。でも、無理しすぎてないかな。せめてどこで何をしているかわかればいいんだけど)
だが、再三再四、尋ねてもはぐらかされるばかりで教えてはくれない。
イオには、バテルの嘘などすぐにわかる。絶対にただの稽古ではない。
(もし危ないことに巻き込まれていたら……)
だが、主人が何かおかしなことに巻き込まれていたのならば、それを止めることもまたバテルに仕えるイオの役目。
同じくクラディウス家に仕えている父にも言われていることだ。
(バテル様は、優しいから私に迷惑をかけまいとしているのかもしれない)
バテルは、帝国貴族には珍しいお人よしだ。
中央貴族と辺境貴族では気風に違いがあり、辺境は中央ほど身分にうるさくない。とはいえ、バテルは、貴族ということを感じさせない。貴族なのにおせっかいの世話焼きだ。
その性格がたたって厄介ごとに巻き込まれているが、気を使って、言い出せないのかもしれない。
(主人が何か困っていたら助けるのが、メイドとしての私の役目。バテル様が何をしているか突き止めないと)
イオは、固く決心し、バテルの寝室に向かう。
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