第12話 落ちこぼれたちの出会い


 その日は、雨が降っていた。


 かつて帝国と争っていた牛獣人たちは、クラディウス家に仕え、ディエルナで暮らしている。


 獣人たちの集会場では、長老たちによる定例集会が開かれていた。


 牛獣人の幼い少女が扉の隙間から聞こえてくる声をじっと聞いていた。


「あの子は魔力が使えないのか」


「ああ、魔道具の扱いもままならないとか」


「魔力が使えなければ、一族の秘術、獣化術ベスティギアも継承できない」


「族長の後継者には、ほかの者を選ぶ以外あるまいて」


「父親や母親は、あれほど優れた戦士であるのに」


「魔力が使えない子は、長くは生きられぬ。詮無いことだ」


 部族の長老たちは、話を続けていたが、少女は、それ以上聞いていられず、当てもなく走り出した。


 誰も追いかけてはこない。牛獣人は、戦士の一族。まだ幼い少女に、難しいことはわからなかったが、魔力が使えない者は、必要とされていない。両親も長期の遠征に行くことが多く、ほとんど会うことはない。強い孤独を感じていた。


 雨が降りしきる中、少女は、獣人区画を抜け出し、人間たちからも隠れるように裏路地に座りこみ涙を流す。どうしていいのかわからない。ただ孤独を嘆いて泣くしかない。


「おい、こんなところにいたら風邪をひくぞ」


 声をかけてきたのは、自分と同い年くらいの人間の少年だ。


 少年は、傘を差しだす。


 人間の町に住みながら、獣人区画からあまり出たことのない牛獣人の少女は、おびえる。


「あ、君は、牛獣人の族長の娘、名前は確か、イオだ」


「私を知っているの?」


「バテル。クラディウス家の三男だ。何度か見かけたことあるんだが、俺のことなんて覚えてないか」


 少年は、恥ずかしそうに頭をかいた。


 バテル。聞き覚えがある。


「落ちこぼれの……」


 つい口に出してしまったイオは、急いで口を手で塞ぐ。


「はは、まあ、その通り、クラディウス家の落ちこぼれとは俺のことさ」


「ご、ごめんなさい」


「謝ることはない。落ちこぼれとは思っちゃいないが、魔術マギアも剣術もまともに使えないのは事実だからな」


「君はすごいね。本当の落ちこぼれは私の方だ」


「どういうことだ?」


「私、魔力が使えないの」


「魔力が使えない……」


 バテルの表情がかげる。


 やはり同じだ。魔力が使えない自分を受け入れてはくれない。


 イオは、その場からすぐに逃げ出そうと思った。


「なんだ。そんなことか」


 バテルが、笑う。


「そんなことって。魔力が使えないんだよ。何もできないじゃない」


「何もできないなんてことあるもんか。俺は、魔力が使えない人間をいっぱい知っているぞ。みんな、魔力が無くてもいろんなことができたし、ディエルナより、いや帝都よりすごい町に暮らしてた。宇宙、天に浮かぶ月にだって行っていたさ」


「そんなの嘘、魔力があったってそんなことできないもの」


 この子は、何を言っているのだろう。人を馬鹿にしているとイオは、少し怒っている。だが、嘘を言っている風には見えない。まるで見てきたことがあるかのようにバテルは語るのである。


「嘘じゃないさ。それに君には魔力がある。それもかなりの魔力量だ」


 そう、イオは魔力が使えないのであって、そのうちに秘めたる魔力はかなりのものだ。


「いくら魔力があったって使えなきゃ意味がない」


「確かに宝の持ち腐れかもしれないな。だったら使えるように練習すればいい」


「できないの!」


 イオは、声を荒げる。


「必死に修行したって少しもできない。周りのみんなは、簡単にできていることでも、私には少しもできない」


「なら俺も方法を探すよ。一人じゃ見つけられなくても二人なら、きっと見つかるはずだ」


「そんな方法なんてあるわけない」


 なぜこの少年は、こうも明るく言うのだろう。希望に満ちているのだろう。


「それに君は、まだ若い。あきらめるには早すぎるんじゃないか」


「ふふ、まるで大人みたい」


 バテルのちょっと無責任で無鉄砲なまでの前向きさに、イオは、怒りも悲しみも通り越して、呆れ、なんだかおかしくなってきた。


 何の実績もない少年だが、バテルなら信じてもいいかもしれない。


「あはは、そうか。俺も子供だったな」


 バテルとイオは、笑い出した。

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