第10話 最初のマギアマキナ


「完成だ」


「けほけほ、これは……」


 シンセンが、煙を払うと目の前に現れたのは、人間だ。


 どこから現れたのか。さっきまでいなかった人間が立っている。


 年端もいかぬ少女だ。


 なめらかな褐色の肌。長く伸びた艶やかな銀髪。吸い込まれてしまいそうなほどに澄んだアメジストのような瞳。彫像のように美しく愛らしい儚げな顔立ち。


「ふふ、あははは。できた。ついに完成したぞ。素晴らしい。見てくださいよ。師匠。これこそゴーレムを超えた新たなゴーレム。ただのゴーレムというにはもったいない。マギアマキナ。そう、マギアマキナだ!」


 バテルは、絶叫しながら、仰向けに倒れ、笑い続けた。


「馬鹿な。これがゴーレムじゃと。人造人間ほむんくるすではないのか。いや、あれも作り出すことは不可能なはず」


 シンセンほどの者が、驚愕の表情を浮かべたまま立ち尽くす。


「話はできるか?」


 まだ興奮した様子のバテルが、錬成した少女に話しかける。


「は、はい」


 おどおどとした少女が、何回も首を振る。


「俺は、バテルだ。バテル・クラディウス。君を作った」


「わ、わかります。お父さま」


「よし、ちゃんと基礎知識もインストールできているみたいだ」


 バテルが、満足そうにうなずく。


「銀髪に褐色。どことなくシンセン師匠に似ているな」


「うう、恥ずかしいです。お父さま」


 じろじろと観察してくるバテルに、少女は、顔を伏せる。


「すごい。もうそんな複雑な感情を持っているのか。想定以上だ」


 バテルは、さらに興奮状態になる。


「やめぬか。この変態男!」


 シンセンが、死なない程度にバテルを殴りつけて落ち着かせる。


「ほれ、とりあえず、服を着るとよい」


「あ、ありがとうございます」


 裸だった少女は、シンセンが術で作り出した服を受け取り、着替える。


「起きろ。痴れ者。詳しく説明してもらおうか」


 シンセンは、バテルの首根っこを掴んで揺らす。


「言ったじゃないですか。ゴーレムを越えたゴーレム、マギアマキナです」


「何が、ゴーレムじゃ。どう見ても人間ではないか」


いはいです痛いです


 シンセンにほっぺたを掴んで引っ張ったり揉んだりだれて少女は涙目になる。柔らかさ、感触、温かさ、反応、どこからどう見ても人間なのである。


錬金術アルケミアの腕をあげたからとやりすぎじゃ。おぬしは今、錬金術アルケミアの三大目標にして、三大禁忌、生命創造をしてのけたのじゃぞ」


「生命創造っていうのはつまり俺たちみたいな魂があるものを作り出すことでしょう。この子は違う。この子には天素エーテルが含まれていませんから」


「む、確かに。この娘からはエーテルを感じない。つまりゴーレムと同じ土人形。魂は存在しない」


「そう魂の働きを錬金術アルケミアを使って完全に再現しただけにすぎません。根本的にはゴーレムなんです」


「そんな屁理屈を。どこからどう見ても人間。ただの好奇心で生み出したというのなら生命に対する冒とくじゃぞ」


「師匠だって不老不死じゃないんですか」


「わしはただの不老で不死ではないわい」


「似たようなもんですよ」


「違う。不老不死なら自分だけの問題じゃ。しかし、この子は、見たところ自我もある。模倣でも天素がなくても一つの命じゃ。そして、それを生み出したのは、おぬしじゃ。いうなれば、この子は、おぬしの娘じゃぞ。親になる覚悟があってのことか。この尊い命に責任を持てるのか」


「覚悟は、とっくにできてます。どうしても、この技術が、マギアマキナの力が必要なんです」


 シンセンに詰め寄られて、バテルは、たじろぐが後悔はしていないし、責任も取るつもりだ。


「禁忌に匹敵するような術が賢者の石なしできてしまうなんて……。一体どうやって魂を作った。魂魄を持たなければ、どれほど似せてもただの人形に過ぎぬ。だが、この娘は違う。人格を持っている。魂が宿っているように」


「言ったとおりですよ。この子、マギアマキナは、複雑なだけでゴーレムに変わりはない。エーテルもエレボスも無ければ、魂だってない。でも、人間と変わりはない。東の道士や仙術士も西の錬金術師アルケミストも頭が固すぎたんです」


 生命創造は、現在の錬金術アルケミアでは、不可能とされる。錬金術アルケミアでは、エーテルを操作することは至難の業で、生命の根幹たる魂となると作るのは困難を極める。


「俺は、生命を創造したわけではない。限りになく人間に近い構造のゴーレムを作っただけです」


「確かに何度調べても天素も邪素も感じられぬ」


 シンセンは、その事実を確認できても信じられない。


「言ったでしょう。魂を完全に再現したんです。マギアマキナにも疑似的な魂はありますよ。いいか」


「はい。お父さま」


 バテルが、マギアマキナの少女の胸元に魔術陣を展開すると、少女の体から金属球が浮かび上がってくる。


機械の心臓マキナコア。魔結晶を核に作ったマギアマキナの魔力回路に魔力を送り込む心臓であり、情報を分析処理する脳でもある。彼女に魂があるとすれば、これです。この機械の心臓マキナコアさえあれば、器である肉体を用意すれば、彼女は生き続ける」


「天素や邪素を一切使わずに魂を再現するとは、奇想天外な奴じゃ」


「前世で、無機質な機械で人工的に知能を作ろうという試みがありました。俺は、それを錬金術アルケミアで真似しただけですよ」


 魂を持つ生命にしか行動な知能は宿らないと考えていたシンセンの固定観念は崩れた。生命創造とは、つまるところ知能をもつものを作り出すことが目的で、魂の錬成は一つの手段に過ぎない。既存の技術だけで魂を模倣すればいい。


「よし、君の名前は、そうだな。リウィア、リウィアにしよう」


「リウィア。うれしいです。お父様。リウィア、リウィア……」


 新たにリウィアと名づけられた少女は、嬉しそうに自分の名前を何度もつぶやく。


「にしても、おぬし、これほど精巧に錬成できるほどの腕があったか」


「一から作ったわけじゃありません。分析収集した身体データをランダムに掛け合わせて、人の体が形作られてから生まれて成長するまでの過程を錬金術アルケミアで再現してみたんです」


「つまりは元がいるということか。そういえば、最初にリウィアは、どことなくわしに似ていると……まさか」


 シンセンは、恐ろしい事実に気付く。


「ええ、俺の身近な人たちを参考に、混ぜ合わせて」


「おぬし、人に断りもなく勝手に!」


「きょ、許可はとりましたよ。ほら、前に体を分析させてもらったでしょう」


「覚えがないぞ」


「あ、しまった。イオとディアナだけだったか……」


 つい研究を優先して同意を取らず先走ったことを思い出す。


「貴様、いつの間に……」


「酒をたらふく飲んで寝ている間にちょろっと……」


「この不埒者が! か弱い乙女を酔わせて眠らせ好き放題するなど言語道断、何たる破廉恥な」


「勝手に酔っぱらっていただけ。許してください。誓って、指一本触れていません。でも、高性能なマギアマキナを作るには、どうしてもシンセン師匠の肉体のデータが欲しかったんです……」


「貴様ああああ。折檻じゃああ!」


 シンセンは、怒りのままに、バテルの大罪を罰する。バテルは、さんざんに打擲された。


「お、お父さまをお許しください。代わりに私がいくらでも罰を受けます」


 勇気を振り絞って、声を裏返しながら、リウィアが、バテルのことをかばう。なんと健気で人間らしいのか。


「お、おぬしは悪くないぞ。悪いのは、このあほうじゃ」


「お願いです。私がお嫌いならお父さまではなく私を破壊してください」


 リウィアは、涙目でシンセンにすがる。


「ま、待て待て。おぬしが嫌いなわけではない。わしに似て可愛ゆい子じゃ。嫌いなわけなかろう」


 シンセンが、聞いたこともないような優しい声を出す。


 さしものシンセンもいたいけな、しかも自分に似ている少女は、どうしようもない。


「わ、わかった。リウィアに免じて、バテルを許そう」


「ありがとうございます。おばあさま」


「おばあさま……おばあさまとはわしのことか」


「はい、創造主であるバテル様が、お父さま。そのお師匠様であるシンセン様は、私のおばあさまです」


 リウィアが無邪気に笑う。


「バテル、リウィアに何を吹き込みおった」


 シンセンが、にらみつけるとバテルは、首を振る。


「ま、いいがの」


 とシンセンは、リウィアの頭を撫でまわしながら、まんざらでもなさそうである。

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