第7話 自然と共に

 修行一日目。


 森の奥、険しい山を登り、断崖絶壁から怒涛の勢いで流れる滝に来た。すでに、この過酷な登山だけでバテルは、ボロボロだが、修行はまだ始まってすらいない。


「よいか。錬金術あるけみあとは世界の真理を探究する術じゃ。つまりは、世界を構成する源素あるけえを感じること。まずは源素あるけえに満ちた自然と一体になることじゃ」


 シンセンの目がギラギラと鋭い輝きを放っている。


「うわあ、ちょちょちょっと待って!」


 ひょいと持ち上げられ、動揺するバテルを急流に投げ込んだ。


「ぷはあ。この先は滝ですよ。師匠」


 バテルが、なんとか水面に顔を出す。水が上流から押しよせ、飛び散る水しぶきで、まともにしゃべることもできない。


 シンセンは、急流に飲み込まれることなく、平然と川の上に立つという離れ業をやってのける。バテルは、そのか細い足に、しがみついて、その場にとどまることで精一杯だ。


「まずは水と一体になるのじゃ。水はもっとも純粋な源素アルケー。これが一番手っ取り早い」


「一番早くても、一番危険なんじゃ……」


「安心しろ。死にはせん。骨の一歩や二本、折れてもすぐに直してやる」


 シンセンは、にやりと笑うと足にしがみつくバテルを情け容赦なく蹴り飛ばす。


「ごぼっ、ごぼぼぼぼ!」


 蹴られたバテルは、激流に飲まれ、滝に落ち、滝つぼの中で水と一緒にかき混ぜられる。


 意識を失いかけたところで、ようやく助け出された。


「うげええ。げほ、げほ!」


 滝つぼのほとりで大量の水を吐き出す。岩が当たったせいで体も傷だらけだ。


「情けないのう。ほれ、わしが癒してやる」


 シンセンが、素早くバテルの体を指でついていく。


「ぐ、な、なにを」


「孔をつき、魔力を流した。時期に痛みも和らぐであろう」


「おお、本当だ。体がどんどん回復していく」


 血の巡りが急によくなったかと思うと体が熱くなって、傷は消えてなくなってしまった。


「水と対話することはできたか」


「は、は。少しは仲良くなった気がしますよ。これで錬金術アルケミアが上達するんですか?」


「じきに分かる。ではもう一本行くぞ」


「え」


 顔から血の気が引いたのがわかった。


 その日、バテルは、夜になるまで滝に投げ込まれ続けた。


 修行二日目。


 初日からあまりにもブラックな修行にバテルは、精神的におかしくなりそうだった。


 それでも、強くなるため今日も屋敷から這い出て、シンセンのところにやってきた。


「いい子じゃ。よく来たな。もう来ないかと思ったぞ」


「馬鹿にしないでください。これでもクラディウス家の男、あの程度で値を上げたりしません」


「なるほどのう。しごきが足りなかったようじゃな。もっと厳しくいくとしよう」


「はは……お手柔らかに」


 わかってはいても、見た目は幼いシンセンに、あの愛らしくも小憎たらしい顔で、にやにやと子ども扱いされるとどうしてもムキになってしまう。


「今日は火と土の源素あるけえについて学ぶぞ」


「一度に二つもですか」


「そうじゃ、一挙両得、おぬしも辛い目に何度も会いたくなかろう」


「そりゃそうですけど、今度は油をかぶって火でもつけるんですか?」


「それも悪くないが、もっといい場所がある。ついてくるのじゃ」


 再び山を訪れ、今度は山頂付近まで登ってきた。


 窒息しそうなほど空気は薄く、春だというのに凍えるように寒い。


「どうしてこんなところまで」


「まあ。待っておれ。いくぞ。はっ」


 シンセンは、その小さなこぶしに魔力を込めて、地面を思いっきり殴りつける。


 地面が割れて亀裂が入り、巨大な山全体がグラグラと揺れ、火口から赤熱した紅蓮の溶岩がどろどろとあふれだしてくる。


「な、なんてことするんです! これじゃあ、森や町がただじゃ済みませんよ」


「大丈夫じゃ。加減はしておる。そこまで、溢れてくることはなかろう。それに溶岩は星の血液ともいう、火と土の源素あるけえを感じるにはもってこいじゃ」


 シンセンはそういうが、揺れは一向に収まらない。


 マグマもとめどもなく湧き上がってくる。


「あの師匠。本当に大丈夫なんですよね」


「……ちーとばかしやりすぎた……かもしれんの」


 シンセンは、だらだらと冷や汗を流す。


「はは、やだなあ。また冗談を」


 シンセンは黙ったまま顔を青くしていく。


「し、師匠。このままじゃ火山を噴火させた大罪人ですよ」


「し、仕方なかろう! 初めての弟子で少し張り切りすぎてしまったんじゃ。人と話すのも百年ぶりであがってしまったんじゃ」


「そんな年でもないでしょうに」


「やかましいわい。千年経っても心はか弱い乙女じゃ」


 シンセンは、わざとらしく上目づかいをする。


 一瞬ときめきを覚えるが、今はそれどころじゃない。


「こんな時ばっかり、乙女ぶらないでください。なんとかしないと。熱いし苦しくなってきた」


「ま、まあこの程度、想定の範疇じゃ。ほれ、バテル、この札を体に貼りつけておけ」


 バテルは、一枚の札を受け取り、それを胸に貼る。すると息苦しさも熱さも消えて快適になる。


「すごい、息ができる。早く逃げましょう」


「馬鹿もの。逃げるか。今日の修行じゃ。あの溶岩を止めるんじゃ」


「ええ! 死にに行くようなもんですよ」


「ええい! 弟子なら少しは師匠を信じぬか!」


 シンセンは、一人で決壊して溢れ出そうになっている溶岩流に向かっていく。


「一度は死にかけたんだ。もう一度くらいなんだ」


 バテルも師匠を信じてついていくしかない。

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