第6話 天素と邪素


「おはようございます。師匠」


「朝から騒がしいぞ」


 早朝、バテルが森を訪れると銀髪褐色の美少女、シンセンが大あくびをしながら、どこからともなく現れる。


「どんな稽古をするんですか?」


「ふむ、そうじゃな。まずは錬金術あるけみあとこの世界について、おぬしが、どれほど理解しているか試させてもらう」


 バテルは、これまで独学だったが、錬金術アルケミアに関する本をずいぶんと読みこんだ。多少は自信がある。


「この世界の森羅万象を構成しているものとはなんじゃ」


源素アルケーと魔力ですね。源素アルケーには、火、水、土、風の四属性が存在し、それぞれが表裏一体。そして魔力は、源素アルケーを動かす力、この世界に満ちるエネルギー」


 バテルは、石ころを手に取り、錬成陣を展開、石ころが魔力に覆われる。


錬金術アルケミアで、石を構成している火と土の源素アルケーを魔力を使って水の源素アルケーに変えれば」


 石が水に変わり、バテルの指の間から零れ落ちた。


「ふむ、基礎知識はあるようじゃな。独学でそこまでとはたいしたものじゃ。源素と魔力が、この世のすべての物を形作っている。

 

 そして、ここが多くのものが勘違いしておるところじゃが、錬金術あるけみあ魔術まぎあ神聖術でうすぎあ、それに獣人が好んで使う獣化術、東の道術や仙術も、

 

 この世界に存在するすべての術の根幹は、魔力による源素の操作。根本的には同じものよ。まあ、武術で言う所の流派のようなものじゃな」


「なるほど確かに、魔術マギア源素アルケーに魔力で干渉するもの。よく考えてみれば、錬金術アルケミアとあまり変わらない」


「どんな術を使うかは。得手不得手、好みの問題じゃな。錬金術アルケミアは、器用な術じゃ。極めれば、あらゆるものを意のままに作り替えることもできよう」


 しかし、とシンセンは続ける。


「万能というわけではない。源素あるけえの転換には魔力のようなエネルギーを必要とする。天素と邪素の場合はもっと扱いは難しい」


「天素と邪素?」


「おぬしは源素を四属性と言ったが、間違いじゃ。天と邪の源素を合わせて六属性じゃ。天と邪はそれぞれ、天素えいてる邪素えれぼすと西では呼ぶ」


 屋敷の蔵書には、書かれていなかった知識だ。


天素えいてるは、主に貴金属や魂魄に含まれている。どんな術でも完全にコントロールすることはできない神域じゃ。邪素えれぼすも性質は違えど似たようなもの。もっとも、先の魔物を見るに邪素えれぼすを操る術が進歩しているようじゃがな」


「あの魔物が使っていた術か」


「ほれ、試しにあの木を錬金術あるけみあで何かに変えてみい」


「はい。水に変えます」


 バテルは、木に向かって錬成陣を展開し、魔力を注ぎ込む。しかし、


「うおっ」


 錬成陣は制御不能に陥り、割れてしまう。

 これまでも条件は不明ながら度々こういうことがあった。


「今言った通りじゃ。天素えいてる邪素えれぼすとは魂のもと。あの木にも魂が宿り、天素えいてるが含まれている。錬成は至難の技よ。じゃが」


 そういうとシンセンは、人差し指を近くの巨木に向けた。


 指の先端が、わずかに光ったかと思うと風が吹き抜けて、一枚の大きな葉が宙を舞った。


 ひらひらと落ちてくる葉をシンセンは、手に取った。


 錬成陣が展開され光ると大きな葉は砂となって風に流されてしまった。


「このように魂から切り離しさえすれば、天素えいてる邪素えれぼすは霧散し、葉は、ただの器となる。魂がない状態つまり、死にさえすれば、おぬしを土くれに変えることも水に変えることも容易いんじゃがの」


 バテルはシンセンの意地の悪い声に怯えるが、ようやく謎が解けた。


「なるほど、それで……」


「心当たりがあるようじゃな」


 錬金術アルケミアの練習はしてきたが、想定通りにいかないことが度々あった。原因は、わからなかったが、シンセンの理論を聞けば、すべて納得がいく。

 動植物のような魂を持つとされているものには天素エーテル邪素エレボスが含まれていて、現状の錬金術アルケミアは通用しない。


「さて、座学は、ここまでじゃ」


「え、もう終わりですか」


「源素を感覚的に理解し、魔力の扱いを学ぶ。その基礎さえできれば、どんな術もあとは自分で研鑽を積むだけじゃ。ようは習うより慣れよ、じゃな」


 シンセンは、朗らかに笑った。が、修行は、地獄だった。

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