第4話 東から来た鬼娘


(女の子? こんな小さい子がなんでこんなところに?)


 死を前にして不思議と冷静だった。


 窮地に現れた少女の容姿に釘付けになってしまった。


 小麦色の肌に尖った耳、おでこには二本の角。鮮やかな光沢を放つ銀色の長髪は金色の髪飾りでまとめられている。

 恰好から察するに遠い国から来たようのだろうか。横に深いスリットの入った絹織りのチャイナドレス。白に金銀の刺繍の入った仕立ての良いものだ。帝国で見かけることはまずないだろう。


(美しい。神秘的なまでに美しい。おでこに角もあるし、女神か? はたまた死神か?)


 この世界には人間以外にも多種多様な種族が住んでいる。例えばバテルの従者であるイオは、牛獣人と呼ばれる種族だ。しかし、少女のような種族は、ここら辺では見たことがない。


 それに見た目は幼くとも、年下には思えなかった。妖精のような美しさと怪物を前にしても余裕のある威厳がそう感じさせるのだろう。実際、年上であっても長命の種族であれば、人間の子供のような容姿でも少しも不思議はない。


 前世の記憶では不自然に見えることでも、この世界では常識として横たわっている。


「なにやら森が騒がしいと来てみれば、ひどいやられっぷりじゃな。坊主。今、治してやろう」


 少女が、バテルの体に手を当てると、体が暖かな光に包まれた。


神聖術デウスギアか。ダメだ。そんなことをしてたら。化け物が目の前にいるんだぞ)


「えっ」


 バテルが、少女に逃げろと声をあげるよりも前に、体から痛みが消え去った。


 完全に回復している。傷は、すべて塞がり、擦り傷一つない。それどころか引きちぎられた腕まで、まるでさっきまでの惨状が夢であったかのように、完全に元通りになっている。


「げほ、げほ。こんなにも早く治るなんて、高位神官の神聖術デウスギアでも無理なはず」


神聖術でうすぎあ? ああ。おぬしらで言うところの治癒術じゃな。なに、わしほどの使い手であれば造作もない。少しそこで寝ておれ。坊主」


 少女は、バテルの頭をなで、微笑を浮かべる。魔物を相手に微塵の恐怖も動揺すらないようだ。


「さて怪物、よくもわしの新居を荒らしてくれたな」


「グオオオオオ!」


 魔物に言葉など通じるはずもない。


「馬鹿! 早く逃げろ――――」


 バテルが言い終える前に狂騒状態の人型の魔物は、小さな少女に容赦なく襲い掛かる。


 そこから何が起こったのかバテルには理解できなかった。


 少女が少し手を振ると人型魔物の片腕が消し飛んだのである。


「グガアアアア!」


 人型の魔物は絶叫する。

 魔物は突然の激痛に驚き、何が起こったのかわかっていないようだった。


「久方ぶりに骨のある相手かと思ったが、他愛ない。準備運動にもならんわい」


「グオア!」


 人型の魔物は、まだあきらめていない。


 なんと魔術陣を展開している。


「あいつ、魔術マギアが使えるのか」 


 バテルはゾッとする。

 あの魔物、純粋な力だけではない。人間と同じように高い知能を持ち魔術マギアに似た怪しげな術まで使える。

 そんな怪物がディエルナのすぐ近くに潜んでいたのだ。


 貪欲に魔力を吸い込んだ魔術陣が、禍々しい光線を吐き出す。


 少女に直撃したかに思えたが、少女は、魔力の結界に守られているようで傷一つついていない。


「ほう。邪素を使った術か。これはなかなか面白い。じゃが」


 少女は、結界を解除し、右手から魔力を凝縮した光弾を発射する。


 豆粒ほどに小さな光弾は、人型の魔物の光線をはじき返し、そのまま、もう片方の腕を吹き飛ばした。


「グ……ガガガ……」


「哀れな奴め」


 少女は、ぬるりと距離を詰め、憐憫のまなざしを魔物に向ける。凶悪な魔物がもはや立っているだけである。


 そして、少女は、魔物の胸に手を添える。


「はあっ!」


 少女が力を籠めると魔物の肉体は爆裂四散した。


 無数の肉塊に成り果てた魔物が辺りに散らばる。


「……」


 バテルは、その光景にただ圧倒されるがまま呆然と眺めているしかなかった。


「大事ないか。小僧?」


「あ、ありがとう」


 バテルは、腰が砕けたようになっていたが、少女に引っ張り上げてもらい立ち上がる。


「あの魔物、禍々しい邪気を感じる。錬金生物か何かだろう」


「錬金生物?」


 まさかこんなところで錬金という言葉を耳にするとは思わなかった。


 少女は、黒紫色の宝石のような石を拾い上げる。


「これは愚者の石。賢者の石の出来損ない。天素を邪素へと反転させるものじゃ」


「天素……邪素……」


 さっきから少女がなんの話をしているのか錬金術アルケミアを学んでいるはずのバテルでも皆目見当がつかない。


「おっと、此方では天素をえいてる、邪素をえれぼすと申したか。ようは人を化け物に変えてしまう呪われた石じゃよ」


「そんなことが……。あの魔物は人だったのか」


「この性質の悪さは錬金術あるけみあじゃろうな。それにほれ、首のところに円環の龍【うろぼろす】の紋章もある。西方の錬金術師あるけみすとの象徴じゃろう」


 少女が拾い上げた魔物の首の皮をひらひらと振る。体をひねり、自らの尻尾を咥えた奇妙な龍、ウロボロスの紋章が刻まれている。


「ウロボロス……ああ。確か錬金術アルケミアの書の表紙にもこんなマークがあったような」


「素体は人間。大方、錬金術師あるけみすとが実験に失敗して魔物に成り果てたか。哀れな者が実験に使われたか。どちらにせよおぞましいことよ」


「もしかして君も錬金術アルケミアが使えるのか」


「おうとも、わしは古今東西、八千と百二十八の術の達人である。錬金術あるけみあ程度、児戯に等しい。東方では仙術や煉丹術と呼ばれておる。もっとも西では廃れてしまっておるようじゃがな」


 少女は、思い出したように続けて、


「そういえば、おぬしも錬金術あるけみあを使っておったな。まだまだ稚拙じゃったが見どころがある。名はなんという」


「ディエルナ伯三男、バテル・クラディウス」


「わしはシンセンと呼ばれておる。ここで会ったのも何かの縁、よろしく頼むぞ」


 バテルは、少女が頭を下げたので、ならって頭を下げる。


「シンセンさん。あなたは命の恩人だ」


 絶好の機会だ。


 この人は、きっと英雄と呼ばれる領域にいる人かもしくは人智を超えた存在なのだろう。そしておそらく二度と会えない最高の錬金術師アルケミストでもある。本だけでは学べなかったことを学べるかもしれない。


「なに、礼なら上等な酒で……」


「重ねて図々しことは承知しているが、どうか俺に錬金術アルケミアを、あなたの術を教えて欲しい」

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