第3話 この世界にはいないはずのもの

 父や兄たちが出陣してもバテルの日常は変わらない。

 領主代行と言ってもバテルが直接手を下すようなことはない。

 大抵のことはフォルカスを筆頭に居留守役の家臣たちがやってくれる。

 今日も今日とて錬金術アルケミアの修行だ。


 バテルは、屋敷を抜け、龍の森という場所に来ていた。


(領主代行としての仕事があるが、まあ、フォルカスに任せておけば大丈夫だろう。それよりも早く役に立つ実用的な錬金術アルケミアを開発することが先決だ)


 転生したばかりの頃は魔術マギアに夢中だった。この世界の読み書きを覚え、幼いながらに屋敷の蔵書を片っ端から読んでいた時には、不気味がられたものだ。


 バテルには、一つ並外れた才能があった。それは人並外れた途方もない量の魔力をその身に宿し、使うことができるということだ。

 あらゆる術に使用する魔力は、世界に満ちている。人はその魔力を体内に取り込み、貯蔵し、必要な時に使用している。

 人が保有できる魔力量は、その人の持つ魔力回路に依存するが、魔力操作の鍛錬を積むことによって、保有量を増大させることができる。

 一般的に才能よりも鍛錬量に比例して扱える魔力量が決定するが、バテルの場合は、生まれながらにして、常人の何十倍もの魔力をその体に宿すことができる。日々の鍛錬によってより拡張しているから、その魔力保有量は、人外の領域にある。


 しかし、惜しむらくは、それほど莫大な魔力保有量を持ちながら、魔術マギアの才能がなかった。


 いくら大量の魔力があろうともうまく使えなければ、何の役にも立たない宝の持ち腐れだ。


 落ち込んでいた時に見つけたのが、錬金術アルケミアだ。世間では、あまりよく思われていない錬金術アルケミアの本も古い蔵書の中にはいくつかあった。


 錬金術アルケミアは、この世界を構成する源素アルケーを魔力で自在に操り、あらゆるものを作り出す術であるらしい。


 バテルは、錬金術アルケミアに可能性を感じた。

 そして何より適性があった。帝国で普及する魔術マギアよりも体になじみ、その魔力量を存分に活用できた。


(可能性は感じているんだが、今は、ゴーレムを作るくらいしか俺にはできないな)


 バテルは、錬成陣を展開し、土からゴーレムを作り出す。


(銃火器も作れるには作れるが……)


 前世の知識にあった道具や武器も簡単に構造さえ把握できていれば、錬金術アルケミアで拙いながらに再現することができた。


魔術マギアや魔道具があるから、とってかわるほどじゃないんだよな。前世の記憶に、専門知識らしいものはない。見聞きしたものをそれとなく再現しているだけ。ま、簡単にブレイクスルーとはいかないか)


 それでもバテルは、錬金術アルケミア魔術マギア以上の可能性を信じている。


(やっぱりゴーレムだな。目指すは、アンドロイドみたいなより高度なゴーレム。人間と同じ知能を持つゴーレムを量産できれば、領内の問題は一気に片付く)


 ディエルナは大きな問題を抱えている。それは人手不足だ。度重なる兵役に働き盛りの若者たちが狩りだされている。戦争とは何の生産性もない行為だ。異民族相手の防衛戦争に精を出したところでなにも生まれはしない。労働力不足から、田畑は荒れ果て行く一方。軍事費もかさみ、財政状況は火の車である。


(魔力さえあればゴーレムは無限に作り出せるし、魔力が使えれば誰にでも動かせる。ゴーレムを労働力にできれば、生産力は飛躍的にアップするはず。戦うゴーレムの軍団がいれば、みんなが戦争に行かなくて済む)


 錬金術アルケミアを極めれば、高い知能を持ったアンドロイドのようなゴーレムで構成された機械の兵団を組織することも可能だろう。帝都の方で最近作られた空飛ぶ船、魔導船なんてのも再現できるかもしれない。


(それにゴーレムで人間の体を再現できるなら、エリクサーや賢者の石みたいな万能の霊薬を作れなくたって、ディアナの治療につながるかもしれない。イオだって魔力が使えるようになるはず)


 人の体すら土から作ってしまおうというのは、いかにも転生者らしい考えだ。この世界にはない斬新な発想さえあれば、錬金術アルケミアは、前世の技術でも及ばなかった夢のようなことですら実現してしまう力がある。


 そんな錬金術アルケミアの可能性に魅入られてバテルは、今日まで乏しい資料を漁りながら研究に没頭してきた。


「さてと、今日は、もっと人間に近いゴーレムを錬成してみるか」


 バテルは、錬成陣を描き、膨大な魔力を注ぎ込んでいく。地面の土が光の粒子となって舞い上がり、人の形を成していく。

 あっという間に人型のゴーレムができた。

 魔力を通すと人間と同じように腕を振ったり、足を動かしたりする。


「最初はひどいものだったが、なかなかいい出来だ。錬金術アルケミアというよりは単に不器用すぎた。今なら精密な人のフィギュアでも作れそうだ」


 ゴーレムを試作していると森の奥から唸るような声が聞こえた。まるで化け物の咆哮のようだ。


「……なんだ? まるで魔物の。いや、この世界には、魔術マギアはあっても魔物なんてものはいないはず……」


 一度手を止めて、耳を凝らす。


 唸り声は、どんどん大きくなり、地響きもしてきた。


 何かがこっちに向かっている。


「やばい。嘘だろ。ありゃなんだ!」


 大きな人影が、見えた。


 だが、人ではない。人の形をしているが、遠目に見てもわかるほどの巨体で、異様なほどに筋肉が盛り上がり、体表は緑色、生物としては不自然で気味の悪い造形をしている。


 狂ったように叫びながら、こっちに向かってきている。


 この世界には、いないはずの空想上の怪物、人型の魔物だ。


「グオォォォオオオォォォ!!!」


「逃げないと」


 そう思った時には、もう遅い。


 身長が三メートルはあろうかという化け物から子供の体で逃げきれるはずもない。


 魔物は木々をなぎ倒しながらバテルに迫る。その距離はどんどん縮まっていく。


「逃げられないなら戦うしかない」


 激しい絶望の前で、錬金術アルケミアを鍛錬してきたという自信だけがバテルを立たせていた。


 急いで錬成陣を展開する。


 錬成陣に魔力を注ぎ込み、土くれの人形、ゴーレムを作り出す。


 無骨なゴーレムだが、大きさなら魔物にも負けていない。足止めくらいにはなるだろう。


「錬成!」


 バテルが、手をひねると巨大なゴーレムが完成し、動き出す。


「足止めしろ!」


 バテルは、ゴーレムに命令しつつ、再び錬成陣を編む。


 だが、魔物は、ゴーレムをものともせず破壊する。剣でも刃が立たないほどに頑丈なバテルのゴーレムを魔物は、一蹴した。


 ただ十分に時間は稼げた。


「錬成!」


 今度は、武器を作り出す。


 土から錬成されたのは、身の丈ほどもある多銃身の機関銃、ガトリングガン。それも二つ。前世の知識をもとに見様見真似で作り出した。


 バテルは、それを両手に持ち、地面に据える。


 本来なら個人で扱えるような重量の武器ではないが、わずかに使える魔術マギアで身体能力を高めているので、バテルでも前に向かって撃つくらいはできる。


(弾丸は土を錬成して、供給。火薬代わりに魔力も練り込む。魔力を爆裂させて、弾丸を打ち出す。装弾数は、俺の魔力が切れるまでだ)


 バテルは、歯を食いしばり、制御用魔術陣を操る。


 ガトリングガンは、けたたましい音をたてながら、銃身を回転させ、弾丸を吐き出し続ける。ばらまかれた弾丸は、森の木々をなぎ倒しながら、まっすぐに進んでくる魔物に当たる。


「おらああああああ!」


 バテルは、雄たけびをあげ、魔力を使い果たす勢いで撃ち続けた。


「はあはあ……」


 魔力が尽きる前に、銃身の回転が止まる。即席で錬成したガトリングガンは脆く、銃身が熱でドロドロに溶けてしまった。


 あたりを覆っていた砂埃が晴れる。


「嘘だろ」


「グガガアアア」


 魔物は、ひるんですらいない。歪な顔を引きつらせて笑っているように見えた。弾丸は、魔物の分厚い皮膚を削り取ってはいたが、傷は、みるみるうちに癒えていく。


「畜生、俺の錬金術アルケミアじゃダメか……」


 今更後悔してももう遅い。魔物の手が、バテルを掴む。


「しまっ。うわああ」


 右腕を魔物に掴まれたバテルは、そのまま棒切れのように振り回され、木に叩きつけられる。


「ぐはあ!」


 内臓にダメージがあったのか。口からとめどもなく、血を吐き出す。

 骨は砕け、内臓はつぶれている。全身に力が入らない。生きているのが不思議な状態だ。


(ああ、腕が、関係ないか。もう死ぬんだから)


 腕がちぎれているのが視界に入ったが、もはや痛みを感じない。


(何もしないまま俺は、死ぬのか。せっかく父上や兄上たちがディエルナを任せてくれたのに。ディアナにもイオにだって、まだ何もしてやれてない。こんなところで一人、死ぬのか)


 ただ悔しさだけが、こみあげてくる。


「大丈夫か。坊主」


 自分と魔物以外誰もいないはずの森で、どこからともなく声が聞こえてくる。


 頭の中に響いているようだが、心地いい声音だ。


(誰だ? 俺は幻聴でも聞いているのか)


 まだかろうじて動く眼球を動かす。


「ここじゃよ。ここ」


「あ……」


 バテルが、うめく。


 ちらりと見ると真横に少女が立っていた。

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