第1話:言いたいことはわかるけどどうすればいいの?
どれくらい意識を失っていたのだろう……。目を覚ますとそこは元いた都会とは異なる、緑しかない田舎のような景色だった。俺は岩陰に隠れるように横たわっていた。
状況を整理しよう。俺はあのときコンビニに向かっていた。そのとき軽トラが突っ込んできて、その後の記憶がない。つまり、すでに俺はトラックに追突されて死んでおり、ここは死後の世界なのだろうか。あるいは皆さんご存じと言っても過言ではない、あの異世界転生ではないだろうか。
すぐに自分の体に異常がないかを確認する。しかし、その体は25年も魂が入っていた自分の体であり、トラックで追突されたときの傷もない。
人間以外の種族に生まれ変わっているわけでもなく、体も変わった様子がないので、転生というより状況としては転移だろう。このような作品を多く読んできただけでなく、書いたこともあったので、経験はなくとも自らが置かれている状況を冷静に判断することができた。
ここでこの世界の神のような存在が現れて、今の状況について説明してくれると助かるのだが、周りには人の気配がなく、森や山が遠くに見える景色が開けた平原のような場所だ。俺の見る限りでは近くに誰もいない。他にも岩があるが、人が隠れられそうな大きさは俺の体を隠しているこの岩しかない。
しかし、岩陰に眠っていたところを見ると、誰かが俺をここに運んだような作為は感じられた。緑が侵食しろくに舗装はされていないものの、人が通る道はできているので、その辺に倒れていたのであれば、人が通りがかったときに倒れていることに気づいただろう。
あるいはその辺に倒れていたのを見て、助けて看病する気も襲う気もない誰かが岩陰に俺を隠した可能性もあるが……。
「いつまでも岩陰に隠れていても仕方ない……とにかく今置かれている状況を把握しなくては」
あるのは自分の身ひとつ、身を守る道具もない状況で、行動範囲を広げるのはリスクは大きい。しかし、空腹感はあるので、行動をしなければ餓死を待つのみだ。人が通る道があることから、そこを通って行けば人のいる場所にたどり着けるはずだ。
正直に言ってなにをすれば正解なのかわからないヤバい状況ではあるのだが、あまりにも現実感がなかったため、いつもよりも冷えた頭で冷静に判断ができた。とにかくこの状況ではどのような事態になるかわからなくても自分以外の人を探すことから始めなくてはならない。
草木を撤去してもコンクリートで舗装していないので、新たな草木は生えてくる雑草混じりの土の道を踏みしめる。こうして歩くと感じるのは、人を見つけたいが見つけたくないという相反した感情だった。
自分の世界の常識が通じるかわからない、未知の人々と接する不安や恐怖があるからだ。しかし、どうせ一度は死んだ身だ。一人で生きていけるサバイバル知識もなく、チートスキルのようなものもないのであれば、最初から詰んでいるということなのだろう。無理やり納得して前に進んだ。
1時間ほど歩いただろうか。初めて遠目から複数の人間の姿が確認できた。1時間も歩いて初めて人の姿を確認できたのだ。俺としたことが少しだけ浮足立ってしまった。不幸とは身構えているときには案外現れないものだ。気分が高揚した一瞬の油断をついてやってくる。
なんということだろうか。俺が見つけた最初の複数の人影は、男3人と羽交い絞めにして身動きを取れない状況にされている女性1人。間違いなく性的暴行の現場だ。幸い遠くから歩いてくる俺の姿には気づかず、女性を押さえつけながら山の中に移動しようとしている。
助けを求めるために人を探していたのにもかかわらず、最初に出会ったのは今助けが必要な女性であった。当然、俺は自分にチートスキルが備わっていたとしても自覚していないし、実際は武術の達人という属性があるわけでもない。自己管理のために週2でジムに通っていたくらいだ。自分より体格の大きい男3人を相手できるわけがない。
「(誰か助けてー!!)」
女性の叫び声は自分の元いた世界の言語ではない。異世界の言語だ。そして、この状況で発する言葉は助けを求める声しかありえないことは明らかだ。しかし、俺はその言語をはっきり理解し、"誰か助けて"と言っていることが理解できた。
異世界転移や転生では、なにかしらのチートスキルのようなギフトが貰える設定が多い。しかし、言語が分かるだけは、携帯会社との契約でいえば基本オプションしか付いていないのと同じではないだろうか……。
(そもそも今の状況なら言葉の意味がわからなくてもどうして欲しいのか理解できるわ! 今欲しいのはこの状況をなんとかする力だろ! なにを言っているのかわかってもどうすればいいんだよ!)
しかし、自分が自覚できた新たな能力は、この世界の言語を理解し喋れることだけだった。
特別な存在になりたかった物書きがツンデレ女神とともに異世界で物語を作るようです 面舵一杯ザトウクジラ @omokazizatou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。特別な存在になりたかった物書きがツンデレ女神とともに異世界で物語を作るようですの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます