第5話
「何の本読んでるの?」
高山田がこちらを見る。長い前髪のせいで表情は見えないけど、なんとなく眉を顰めた嫌そうな顔をしてるんだろうなと想像がつく。
「秘密」
「秘密?教えてくれてもいいじゃん」
「違う、違う。谷崎潤一郎だよ。知らない?」
「あー……なんか国語の授業で聞いたことあるかも。なんかすごい文豪の人だっけか」
「うん。まあ短編集だからいろんな話が載ってるんだけどね」
「ふーん……」
全くわからなかった。
そういえば私、小説なんて暫く読んでいない。
「高山田は本好きだよね」
「まあ、そこそこ」
「どんなジャンルのものが好きなの?」
「んー、最近はホラー小説読んでる。小野不由美とか好きだよ。あと海外の作家だとミーハーかもしれやいけど、スティーブン・キングとかかな」
「あ!知ってる!確かこの前なんか映画化されてたよね」
高山田の口角が僅かに上がったような気がした。
「結構有名だからね。それに結構な作品が映画化されてる。最近のも面白いけど、昔に映画化された作品も名作揃いだよ。ホラーだけじゃなくて感動するような作品も書いてる。本当に天才だと思う」
高山田の口調は相変わらず淡々としていたが、それでもさっきよりも少しだけ早口でどこか嬉しそうだ。
ずっと高山田のことを変なよくわかんない奴と思ってきたけど、こうやって好きなことを熱心に話すのを見ると案外普通の男の子なんだなと感じる。
「俺の、どうしても原書で読んでみたくってさ。今めちゃくちゃ頑張って英語の勉強してんだよね」
私は一瞬耳を疑う。
今、『俺』と言った。
高山田が自分のことをなんと呼んでいようがどうでもいいのだけど、なんとなくイメージと違った。でも『俺』の方が妙にしっくりくる気もする。
高山田は気づいて「あ」と声を上げた。それから「ごめん、気が緩んだ」と私に向かって言った。
「なんで謝るの」と私が言うと、高山田は少し申し訳なさそうに微笑む。
その様子が可愛くって私も一緒に微笑んだ。
それにしても気になることがある。
高山田のその前髪の下はいったいどうなってるのだろう。顔の下半分は中々の顔立ちだけど、まさか目許だけがブスなんてことはあるまい。
私は高山田の顔を下から覗き込むようにした。
下から覗けばちょっとは見えるかなって思ったんだけど、眼鏡のせいかガードがかたい。全く何も見えない。
気づいた高山田がギョッとしたように身をのけぞらせた。一瞬黙って私に「そんなに気になる?」と聞く。
私は勿論気になる、と気持ちを込めて首を縦に強く振った。
高山田はそんな私を見て黙ってしまった。顎に手を当てて何かを考えているようだ。
そんなに前髪の下を見られるのが嫌なのだろうか。でもそこまで頑なに隠されたら余計に気になる。
私はえいっと高山田の前髪に手を伸ばした。どうしてもその長ったらしい前髪の下を確認してやりたい。今高山田は私を見ていない。今だったらいける気がする。
しかし私の手が高山田の前髪に触れそうになったとき、パシリと高山田が私の手を掴んだ。どこかで感じたことのあるような大きく繊細な手。優しい温もり。
「何してんの?」
訝しげに高山田が訊いた。
「ご……ごめん。どうしても気になっちゃって」
私が言うと高山田は掴んだ手を私の膝まで下ろした。握られたままの手に私は思わずドキドキしてしまう。今日は一日、妙に男の子と距離が近い日だ。
高山田が口許だけで笑った。
「まだ教えない」
--まだ?それはどういうこと?
「それって」と口を開きかけた私を遮って、高山田が言った。
「近藤さん、5時だよ」
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