第3話

 ん?と思った。


「あれ?私たちって知り合いだったりします……?」


 私は訊いた。


 ちょっと待ってほしい。私にこんな顔面の強い知り合いなんていただろうか。脳内をぐるりと見渡して記憶を呼び覚ます。でもどんなに頑張ってもこんなイケメン記憶の片隅にすら存在しない。それにこんなに顔面が強いんだもの。一回見たら絶対に忘れたりなんかしない。


 考えこむ私を見て男の子が形の良い眉を顰めた。


「もしかしてわからないの?」


 私はもう一度男の子を見る。今度は念入りにマジマジと凝視した。顔を見てドキドキするなんて言ってられない。だって知り合いだったとしたら私、めちゃくちゃ失礼なことをしてるわけだし。


 --ダメだ!


 あまりにも目が強い!!凄まじい目力!!身体の周りから何かキラキラとしたエフェクトすら感じる!!


 私の顔を見て男の子は一瞬照れたように私から視線を外して、そして再び私を見た。


 しばしの沈黙。見つめ合う二人。心地の良い涼しい風が二人の間を通り抜けた。


 やっぱりわからない、と私が男の子から視線をはずそうとしたとき、突然男の子の顔がこちらへ近づいてきた。


 徐々にドアップになってくる整った顔。


 何が何だか分からず、混乱する私の脳みそ。


 男の子の顔が私の顔に近づいてくっつこうとしたとき、私は思わず男の子を突き飛ばした。バランスを崩して尻餅をつく男の子。


「……何すんだよ」


「な、何すんだって、それはこっちの台詞よ!!!」


 私の心臓がはちきれんばかりにドクドク言っている。あんなに近くに男の子の顔が来たのなんて初めてだ。


 しかもこんなに綺麗な子の--!


 男の子は真っ赤になった私に少しだけ不機嫌そうな口調で言った。


「キスされるのを待ってるかと思った」


 私の混乱は頂点に達した。今までも真っ赤だったのに更に顔が紅潮する。最早トマトすら真っ青と言った風。


 いや、だって、私がキスを待っていたとして、それにすぐに応えようとする人間がいる?普通何この変な女ってならない?


 私が男の子を見ると、彼は少し拗ねたように口を尖らせている。


 この男、見た目はまるで天使か何かみたいだけど実際は相当遊んでいる。性的なことには興味ないみたいな容姿をしておきながら相当女慣れしている。


 そりゃそうか。だってこんなにまでキラキラしたオーラが出ていたらモテモテだろうし、そういう経験なんて腐るほどしているだろうし。


 でも……でも--!


 何か言ってやろうと混乱する頭を捻っては見たけど、何も思いつかない。


 それどころか拗ねた男の子の横顔を見た私の口から出た言葉は「ごめんなさい」だった。


 顔面に負けた。あまりにもメンクイな自分に嫌気がさす。


「びっくりしちゃって……」


「まあ、まあ別にいいけど」


 男の子が私の顔を斜め下から覗き込むようにした。


 突然の上目遣いに私は思わず硬直する。凄まじい破壊力。


 それから男の子は私の顔の横に手をやり、髪の毛を耳にかけるようにして言った。


「まだ、わからない?」


 心臓がドキドキと音を立てている。あまり近づかれたら聞こえちゃう。さっきからいくらなんでもスキンシップが多すぎる。


 必死で思い出そうとしてるけど、心臓の音が邪魔をして何も考えられない。


 私は顔の横にあった男の子の手をギュッと掴んだ。大きいけれども線の細い綺麗な手。


 男の子が少し驚いたような顔をする。


「ごめん……私、本当にわからない。私と君、どこかで会ったことあるかな……?」


 男の子が私の手を振り払うかのように手をひいて、顔を背けた。照れているのだろうか、少しだけ耳が赤い。


 照れているにしても私にあんなことをしておいて今更感がすごい。


 こちらをもう一度見て男の子が口を開く。


「俺は……」


 その時キーンコーンカーンコーンと予鈴が鳴った。


 言葉を遮られた男の子が少し考えるような素振りを見せて、それから徐にに私に背を向けた。


「え、誰なのか教えてくれるんじゃなかったの?!」


 私は焦って訊いた、


 だって気になるじゃん。絶対今日一日頭から離れないでモヤモヤしてるじゃん。今日だけだったらまだいい方で、きっとこれから一生離れてくれない気すらする。


 男の子が振り返ってニヤリと笑った。


「近藤さんが気づくまで教えてあげない」


 --私の名前!


 私の名前を知ってるってことはたしかに知り合いなんだろうけど。でも、気になる!少なくとも私の記憶の中にこんなイケメンはいない!


 男の子は続けた。


「俺、明日よ昼休みここにいるからさ、気がついたら来たらいいじゃん」


 顔がそこはかとなく私を馬鹿にしている気がする。


「気づいても来ないかもしれないじゃん」


「来るでしょ」


 凄まじい自信。


 でもなんとなくわかる。こんなことを言われてしまったら、私は正体に気づこうが気づくまいが明日もここに彼に会いに来てしまう。だってこの綺麗な顔をもう一度見たいと思ってるもの。


 やっぱりメンクイな自分が嫌になるな、と私は思った。

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