算数ギルドへようこそ!

夏井涼

第1問目 怒った!!

我妻あがづま帆月ほづきさん」


 呼ばれた。

 私は返事をして立ち上がる。


 何しろ男女混合出席番号で一番だから、最初に呼ばれるのはたいてい私。

 私に勝てるのは「青野あおのくん」と「赤塚あかつかさん」だけだけど、二人とも今年はクラスが違う。


 担任の先生から細長い、小さな紙きれを受け取る。

 席がちょうど教卓きょうたくの前の小松こまつのバカが紙をのぞこうとしてきたので、にらんでやった。


 他の人が呼ばれている中、席に戻った私は紙切れを左手で隠す。

 そして、右側・・から少しずつ書かれている情報を読み取っていく。


(理科――22点、社会――――37点……)


 ひそかに深呼吸をする。

 隠している左手を、さらにゆっくりとずらしていった。


(数学――――――――――――――2点)


 私は机につっぷした。


    ◇


 「もー、いい加減元気出しなよー」


 帰りのHRホームルームが終わるやいなややってきて、そう言いながら私の背中をばんばん叩くのは、神崎かんざき一瑚いちこ

 小学校からの――いちおう、親友。


 桜なんかもうとっくに散ってる。

 もう少しでGWゴールデンウィークに突入しようと言う今ごろになって、中学に入学して最初の実力テストの結果が返ってきたのだ。


「あんたの算数――あ、もう数学か……点数悪いのなんて今さらじゃん」

「あのねー、他人ひと事だと思ってもう……」


 でも、くやしいけどこの子の言う通りなのだ。

 私は昔から、算数がもう致命的に出来ない。

 自分でも不思議なほどに。


「漢字はバカみたいに出来るのにね〜」

「何それ。ほめてんの? けなしてんの?」

「ふふふっ、ねえそれより部活どうすんの? 申込み、今週中じゃん」

「うー、正直考えらんないよ……とりあえず帰る」


 私はそう言って、ミルク○ェドのリュックをしょった。

 紬希つむぎ叔母おばちゃんが入学祝いでくれた、お気に入りのやつ。


「あ、ねえ、あたしも帰るよ〜」

「おい我妻、ちょっと待てよ」


 まだ結構な人数が残っている中、教室の後ろのドアに近づいた私を乱暴な言葉でさえぎったのは、いつもの女子三人組だった。

 真ん中に一人、ちょっと後ろの左右に二人。


「よう、今日もらったテストの結果、ちょっと見せろよ」


 真ん中の子――つつみ亜花音あかねが口をゆがめて言った。

 この子たちは、小学校の頃からもうずっと私を目にかたきにしてて、何かと言うとこんな風にからんでくるのだ。

 中学に入ってまで、三人丸ごとおんなじクラスになるなんて、自分でも信じられないくらい運が悪い。


「早く見せろよ、ほら」

「ヤダよ。何で見せなきゃなんないの?」

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ。どーせアレだろ? 数学がクソみてーに出来てねーんだろ? ぎゃはははは!」


 思わずくちびるをかむ私を、向かって左側の子――天城あまぎ美千流みちる――が氷の針みたいな視線で黙ったままにらみつけてくる。

 みちるちゃん……あんなに優しい子だったのに。


 もう一人は、斎賀さいが真尋まひろ

 なぜか私と視線があったことが一度もない。


「素直に見せねえってんなら――おい、小松!」


 教室の前の方で帰り支度じたくをしていた小松が、肩をビクッとさせた。


「な、何……?」

「お前、コイツのリュックから紙出せよ」

「え、ええ!?」

「え? じゃねえよ。早くやれっつーの」

「そ、そんな……」


 小松は泣きそうな顔で、思わず近くにいた担任の先生を見た。

 でも――先生は手元の荷物をまとめると、そのまま教室を出て行ってしまう。

 それを見て、堤さんは薄笑いを浮かべた。


「ったく、小松も担任もとんだタマなし野郎だぜ――おお、情けねえ男ならもう一人いたなあ、あぁ?」

「……」

「何黙ってんだよ我妻あがづまぁ、お前のバカ兄貴だよ。分かってんだろ!?」

「……取り消して」

「あんだって?」

「取り消してって言ったの!」

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