第6話 女装OL誕生
朝起きるとベッドの上に、課長の姿はすでになかった。昨日のことは夢だったのかと思ってしまうが、自宅ではないベッドとお尻の痛みが夢でないことを教えてくれる。
男女の交わりって男が入れるものと思っていたが、男も入れられることを初めて知った。初めてだけど、課長が優しく導いてくれたので戸惑いはなかった。
ベッドから起きてリビングに入ると、カジュアルな部屋着の上にエプロンをつけた課長が朝ごはんを作ってくれていた。
「おはよ。あさひは、目玉焼きは半熟派、固焼き派?」
「半熟でおねがいします。トイレと洗面台借りますね」
服を着たあとこの服に男の顔は不釣り合いだと思い、簡単だがメイクをしてウィッグをつけることにした。
「すみません、朝ごはんまで頂いちゃって」
「いいよ、気にしなくて。昨日のあさひちゃん、可愛かったし。ところであさひ、会社でも女の子で働いてみない?」
「ゲフッ」
思わぬ提案に、コーヒーを吹き出しそうになってしまった。
「今の世の中、男性がスカート履いても、LGBTでどうにかなるよ」
「でも、私トランスジェンダーじゃないですよ。男だけど、単にスカート履きたいだけだし」
「私が根回ししておくから、大丈夫だって。LGBTでダイバーシティって言っておけば、上の年寄連中は納得するけど理解はしてないから、会社ではそういうことにしておけばいいから」
一人で女装していた時、女装したまま働けたらなと考えたことは一度や二度ではない。そうなれば、ウィッグにたよならなくても髪を伸ばせるし、毎日の通勤コーデも楽しめる。課長の提案に頷くことにした。
「じゃ、部長とかには私から言っておくから、来週ぐらいから着ておいでよ」
◇ ◇ ◇
翌週、初めての女装出勤の朝、いつもより早めに家をでた。女装での外出は何回もしていて慣れているのに、出勤となると緊張してしまう。
今日のコーデは、黒のブラウスにベージュのフレアスカートで清楚な感じにまとめてみた。
「おはよ」
会社に入って向かいのデスクの白井さんに挨拶すると、挨拶を返すのを忘れるぐらい驚いていた。
「朝日君、なんなのその恰好!?」
「LGBTでダイバーシティってやつだよ。これから、これで働いていいって課長が言うから、そうすることにした」
「そうだったんなら、私にも相談してよ」
高卒で入社した白井さんとは社歴は違うが、同い年ということもあって普段から気を使わない関係だった。そんな関係なのに、相談がなかったことが不満なようだ。
そんなやり取りをしていると、他の社員も出勤してきた。男性社員は一瞬驚きはするが、そのあとは何事もなかったように自分のデスクに座り仕事を始めている。
一方、女子社員は近づいてきて話しかけてきてくれる。服がかわいいとか、メイクが上手とか、褒められるとちょっと嬉しい。
◇ ◇ ◇
女装して働き始めて1週間が過ぎた。毎日通勤のコーデを考えるのが、大変だけどちょっと楽しい。トップスとスカートの組み合わせを変えると、印象が変わるのでいろんな組み合わせを楽しんでいる。
「昨日の接待費の領収書です。おねがいします」
営業部の男性社員が、交際費申請書と合わせて領収書を持ってきた。丁寧に頭をさげて、両手で書類を渡された。以前は、領収書を叩きつけるように置かれていたものだが、女装して働くようになってから男性社員から優しくされるようになった。
女性には優しく。営業部は体育会気質で、単純でわかりやすい。女性じゃないけど、女の子扱いされるのは単純に嬉しい。男である僕も単純なようだ。
「朝日さん、よかったら今日一緒にお昼食べない?」
「いいよ。社食にする?それとも外に行く?」
「社食にしよ」
12時を過ぎて、お昼休憩に入ろうとしたタイミングで白井さんにお昼に誘われた。食品メーカーということもあって自社製品をつかった社食があり、外で食べるよりは安いので利用する人も多い。
混雑する社食の中、空いている席をみつけ白井さんと並んで座った。今日の日替わり定食はアジフライ。ソースをたっぷりかけていただく。
「う~ん。美味しい」
「美味しそうに食べているところ悪いけど、相談があるんだけど、最近彼氏が冷たいの。連絡しても返信遅いし、デートしてても楽しそうじゃないし。」
白井さんは堰を切ったように、彼氏への不満を口にし始めた。こんな時は共感の相槌を打ちながら、聞くのに徹することにした。
女装し始めて女子社員たちの会話に参加することが多くなったが、彼女たちはただ聞いてほしいだけで、解決を求めていない。何か聞かれるまで、「わかる、わかる」「そうよね」と相槌を打っておくのが無難だ。
「つきあって2年になるから、マンネリ化していると思うだ。いつもと違う感じの服買いたいから、今度買い物付き合ってよ。元男性の意見聞かせてよ」
「元男性って、今でも男だよ」
「えっ、そうなの?トランスジェンダーで、心は女じゃないの?」
白井さんにトランスジェンダーではないけど、課長が会社に説明しやすいようにそうしているだけと、女装して働くまでの経緯を話した。
「ふ~ん、そうなんだ」
「何かだましたみたいで、ごめんね」
「まあ、いいや。じゃ、土曜日ね」
騙した負い目もあり断り切れず、一方的に約束を取り付けられてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます