第2話 週末の楽しみ
5時の就業のチャイムが鳴った直後、向かいのデスクの総務課の白井涼子が待っていたかのように席を立った。
「お先に失礼します」
嬉しそうに挨拶をして去って行った。今日の服装からして、この後デートか女子会だなと思った。
健太郎もパソコンの電源を落とし、帰る準備を始めた。大学卒業後、中堅どころの食品メーカーの経理担当として働いているが、仕事に特にやりがいは求めていない。ただ、決算期以外は残業のない、この仕事を気に入ってはいる。
「黒江課長、お先します」
「お疲れさま」
同じ経理課の課長である、黒江佐紀に挨拶をした。課長はまだパソコンに伝票を入力している。
「私も手伝いましょうか?」
「大丈夫。あと、もう少しで終わるから」
「すみません、それじゃお先です」
課長が長い黒髪を耳掛ける仕草が妙に色っぽく感じた。普段の仕草も上品で、きている服も清楚な感じで、育ちの良さを感じる。
経理という仕事上細かいところにうるさい上司ではあるが、仕事を押し付けてくることもなく、分からないことも優しく教えてくれるので、上司には恵まれていると思う。
◇ ◇ ◇
今日は金曜日。待ちに待った週末がやってきた。会社をでると、自ずとテンションも上がってくる。
自宅の最寄り駅のスーパーで買い物を済ませて帰宅すると、スーツを脱いだ後部屋の掃除を始めた。
仕事終わりで体はきついけど、週末を有効に使うためには金曜の夜に掃除するのが効率的と気づいてから、毎週掃除することにしている。
掃除が終わり、夕ご飯の支度を始める。野菜を適当に切って、圧力なべの中に入れ、コンロの火をつけた。沸騰したところで火を止めた。圧力なべだと時間もガス代も節約できて便利だ。
圧力なべで煮込んでいる間に、お風呂を済ませた。体を拭きながら、衣装ケースを開けた。色とりどりの下着を見ながら、今日はどれにしようかなと選び始めた。
先週は水色だったなと思いだしながら、迷った末に季節にあわせてワインレッドにすることした。
ワインレッドのパンツを履いて、ブラジャーをつける。締め付けられる感触が、女の子になっていると実感させてくれて、むしろ心地よくもある。
下着の上からキャミソールを着て、ピンクのルームウェアを着た。身に着けるものをすべて女性ものにすると、男性である自分を忘れてしまう。
仕事のストレスも、彼女がいない寂しさも、女の子に着替えれば全て紛らわせることができる。仕事を始めてから、週末は女性として過ごすのが健太郎の習慣となっていた。
◇ ◇ ◇
翌朝起きて、朝ごはんを済ませるとクローゼットを開けた。右の方に2着だけスーツがあるだけで、あとは全部レディースの衣類が並んでいる。
今日はどの服にしようかなと悩む、一番楽しい時間でもある。クローゼットからスカートを取り出して、トップスと組み合わせながら今日のコーデを考える。
最近のお気に入りの白のレーススカートを今日も着たくなり、トップスにワインレッドのプルオーバーにベージュのジャケットを合わせることにした。
秋は重ね着のコーデができて楽しい。夏だとワンピースなどの単品になるし、冬だとコートを着てしまって分からなくなってしまう。ファッションは春と秋が楽しい。
着替えた後は、メイクを始める。ファンデーションを全体に塗った後に、コンシーラーで髭剃り跡を隠す。
ネット動画でメイクのやり方は覚えた。メイクが進むにつれて男っぽさが消えて、女性に近づいく。眉毛、アイラインに続いて、チークを重ねて、ピンクのリップをひいて完成。
ウィッグもかぶって、鏡で出来上がりを確認してみる。かわいいとは言えないが、こんな女性もいるよねって程度には仕上がっている。
黒のパンプスを履いて、部屋を出た。初めて女装して外出した時は、心臓の鼓動が聞こえてくるぐらいドキドキしていたが、今は慣れたものでとくに何も感じない。
浮いた格好をしなければ意外とバレないし、バレたとしてもLGBTが浸透したきた昨今あからさまに指摘する人もいない。
◇ ◇ ◇
駅前のデパートに入ると、婦人服り場のフロアを見て回った。とくに買いたいものがあるわけではないが、最近の流行が分かるのもあるし、見て回ること自体が楽しい。
マネキンが着ている、スカートが目に留まった。ロング丈のプリーツスカートでサイドの一部が切替になっているもので、黒江課長も同じようなスカートを着ていたことを思い出した。
最近、こういうの流行っているかな?そう思うと欲しくなってきたので、帰ったらネットで似たようなデザインのを探すことにした。
女装になれてきたとはいえ、まだお店の人に試着お願いする勇気はないし、それにデパートの服は高い。質は劣るかもしれないがネットの方が安いので、いつもこうやってデパートで見て回った後、ネットで気に入ったデザインのを探すことにしている。
「お気に召したのなら、試着もできますけどいかがですか?」
健太郎がマネキンを見て興味を示していることに気づいたお店のスタッフが声をかけてきた。
「あっ、いや。見てるだけですし、男なんで・・・」
突然の声掛けに動揺してしまい、男であることもばらしてしまった。
「大丈夫ですよ。他にも色違いがあるんで、こちらにどうぞ」
男であることがバレても特に嫌な反応をされることはなく、店内へと勧められた。せっかくの機会だしと思って、スタッフの後について行くことにした。
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