第3話 課長との遭遇

「こっちのデザインは人気で、先週入ったばかりなんですけど、あとこれだけなんですよ」


 お店のスタッフが熱心に勧めてくるきたので、スタッフからスカートを受け取ると、鏡の前で自分と合わせてみた。全体的にグレーの生地のなかで、サイドの一部が茶色のチェック柄に切替っており、好みにも合うし似合っているとも思う。


「お気に召したのなら、試着しませんか?」

「男ですけど、大丈夫ですか?」


 さっきも聞いたが、念押しで聞いてみた。


「大丈夫ですよ。試着室はあちらですので、どうぞ」


 スタッフは気に留めることもなく、試着室へと案内してくれた。せっかくだし、試着してみるのもいい経験になりそうだし、と自分に言い訳しながら、試着してみることにした。


 試着室のカーテンを閉め、着替えてみる。鏡に映った姿をみて、今まで自分が着ていたスカートとは違うのがわかった。

 高いだけあって生地や縫製がよく、プリーツのラインがキレイに出ている。


「いかがですか?」


 自分の姿に見惚れていたところに、試着室の外からスタッフの声が聞こえて我に返った。せっかくだし、プロのスタッフの意見も聞いてみよ。そう思って、カーテンを開けた。


「どうですかね?」

「お似合いですよ。それに合いそうなトップスも持ってきましたけど、こちらも試着されますか?」


 勧められるままに試着してみることになったが、トップスの試着ってどうするんだ?普通に着ると化粧がついてしまいそうだが?


「フェイスカバーそちらにありますので、お使いください。使い方は大丈夫ですか?」


 こちらが困っていることを察してくれたスタッフから、フェイスカバーの使い方を教わり、トップスも試着してみることにした。


 着替えてみると勧めてくるだけあって、スカートとぴったりの組み合わせだった。スタッフの人にも見てもらおうと、カーテンを開けた。

 開けた瞬間、黒江課長がお店にいるのが見えた。黒江課長はこちらに気づいていないようで、別のスタッフと話している。


「いかがでしたか?そちらもお似合いだと思いますよ」

「ありがとうございます」


 黒江課長に気づかれないように小声で返事をして、カーテンを閉めた。試着した服を脱ぎながら、購入するかどうかを考えた。

 スカートだけならいいかなと思ったけど、トップスともなると、かなりの金額となる。でも、このコーデを気に入ってしまった。それに試着してしまったし、それを戻すのもお店に悪い気がする。


 着替え終わってカーテンを開けると、すでに黒江課長の姿はなかった。


「いかがされますか?」


 スタッフが笑顔で尋ねてきた。かわいい店員さんの勧めを断るのも悪い気がする。高くはない給料とは言え女装以外の趣味はなく、給料を使い切ることはなく貯まっていく一方だ。たまには、贅沢してもいいよなと自分に言い聞かせた。


「これにします。お願いします」


 店員さんにお会計をお願いした。会計が終わり、スタッフの方に見送られながらお店を後にした。


 再びデパートの中を見て回るが、いつも以上にテンションが上がっている。買い物って楽しい。右手に持っている紙袋が、誇らしくすら感じる。

 空腹を覚えて時計を見てみれば、お昼近くになっていた。いい気分だし贅沢ついでに、このデパートの地下にあるパン屋のイートインで食事をとることにした。

 少し割高だがその店のベーグルサンドが美味しくて、デパート巡りの後そこでお昼をとることが多い。


「朝日さん?」 


 地下に行くためにエレベータへ向かっていたところ、突然自分の名前を呼ばれ、思わず振り返ってしまった。


「やっぱり、朝日さんだった。人違いじゃなくてよかった」


 振り返ると黒江課長がいた。人違いです、と否定するにはもう遅い。女装していることがバレてしまい、恥ずかしさがこみあげてくる。

 外出中に女装がバレても、見知らぬ人だったら気にしないようしているが、知っている人だとやっぱり恥ずかしい。

 しかも好ましく思っていた直属の上司である黒江課長であることが、さらに追い打ちをかける。


「課長、あの、その、これは・・・」


 言い訳をしようと思うが、この状況では何も良い言い訳がでてこない。


「試着室から出てくるのをみて、なんとなくそうかなと思ったけど、店員さんと話している声を聞いて、朝日さんとわかったよ」


 やっぱり、お店で試着しているのを見られたみたいだ。


「あそこのお店、私も好きなんだ。今日の服装もそうだけど、朝日さんと趣味が合いそう。どう、よかったらお昼一緒に食べない?」


 この状態で断って会話を長引かせるよりは、素直にうなずいたほうが周りの注目を集めなくて済むと思って、課長とランチすることにした。


 ◇ ◇ ◇


 課長がよく行くというお店に連れられて、一番奥の席に座った。この席だと観葉植物が視界を遮って、他のお客さんから見られなくて済む。課長の配慮に感謝した。


「朝日さんも、同じランチセットでいい?」


 素直にうなずくと、課長が店員さんにランチセット二つと注文してくれた。


「朝日さん、トランスジェンダーなの?心は女性なの?」

「いや、そういうわけでは。スカートっていろいろ種類や色があって、かわいいなと思って、それで自分も履いてみたくなって・・・」


 やましいことをしていないのに、言い訳っぽくなってしまう。


「私はいいと思うよ。男がスカート履きたいと思っても。男がみんなマッチョ目指さなくても、かわいいを目指してもいいと思うし、おしゃれって楽しいよね」

「ありがとう、ございます」


 女装がバレてどうなるかと思ったが、認めてもらえると嬉しい。


「それに朝日さん、その服似合っていると思うし、かわいいよ」


 かわいい!?俺が!?きれいで憧れている黒江課長からの思わぬ言葉に、すっかり舞い上がってしまった。


「今度、また買い物行こうよ。連絡先、教えてもらってもいい?」


 課長の言葉に素直に従って、連絡先を交換した。今まで一人で楽しんでいた週末の女の子生活だが、誰かと一緒だともっと楽しくなりそうと期待に胸が躍った。




 

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