盗聴の記録「音信不通」

これは、とある喫茶店のテーブルで起きた会話を盗聴し、文字に起こしたものである。


A「いやあ、しかし暑いな」

B「そうですか?最近また涼しくなってきたと思いますけど」

A「気温の話じゃない。これの話だ」

B「ああ、たばこ。そういえば、紙巻き、やめたんですね」

A「時代の流れには乗っておきたいからね。とはいえこの加熱式って奴で、今の喫煙者は満足できてるのかい」

B「知らないです。僕たばこ吸わないし。でも、そういう電子たばことか、加熱式たばこの人口が減らないってことは、そういうことなんじゃないですか」

A「なんだか、物足りないな」


C「ちょっと、よろしいですか」

B「何。え、どちら様でしょうか」

C「ちょっと、相談にのっていただきたいことがあって」

A「相談なら、何でも乗るさ。そのためにこの店に通い、そこそこのコーヒーを飲んでるんだから」

B「なんか、上から目線ですいません。で、どういった用件で」


C「友達を探してほしいんです」

B「はあ。お名前を聞かせてもらっても」

C「いやあ。それが、ね」

A「知らないのか」

C「はい。すみません」

A「謝ることじゃない。今時、ネットで友達を作ることもある。ハンドルネームで知り合った人間の本名が分からないまま、疎遠になることも少なくない」

B「ちょっと」

A「分かってるさ。ということを以前、この彼に教えてもらったんだ」

B「教えてもらった当人の前で自分の手柄にしようとしないでください」


C「三年前、私はニートだったんです。当時はネットにずっぷしで」

A「2ちゃんねらー、って奴か」

C「いや、あんまり2ちゃんは見てなかったんですけど、まあ、それに近い感じですね。その、2ちゃんみたいなサイトで、とある人と仲良くなったんです。すぐに個別で連絡を取るようになって、しばらくして、月に一度会うようになりました」

B「なるほど。初めて会ったのは」

C「一年ほど前です。でも半年前から、ぱったり連絡が取れなくなって」

A「ほう。で、その方のハンドルネームというのは」

C「それが、なんて読めばいいのか分からなくて」

B「分からない?どういうことですか」


C「こういう名前だったんです」

A「ぜ...じゃん...読めないな」

B「適当にキーボードを打ったみたいですね。じゃあ、会ったときはなんて呼んでたんですか」

C「君、とか、あなた、とか。一対一でしか会わなかったから、三人称を使う必要が無かったんですよ」

A「ほう。これは探すのが大変だな」

B「居住地も分からないんですよね」

C「はい。都内な気はするんですが」

B「そうですか。まぁ、頑張ってください」


A「解決してやらないのか」

B「しませんよ。いつものように、僕たちは悩みを聞くだけ。問題解決に導くのは探偵の仕事でしょ」

A「私たちが何かをすることで、報われるものもあると思うんだがな」

B「だめですよ。そんなことしたら」

A「しないよ。そう考えるだけだ」

B「そう。考えるだけでいいんです」


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