加熱式たばこの怪しい吐息
私が人生で初めて経験したオフ会の話です。
私は千亀芸能という事務所に所属している漫才師、ピーチ・クパーチクの大ファンです。
昨年のUMC (Ultimate Manzai Championship)で話題になってから知った、いわばにわかファンなのですが、それでも、ピーチ・クパーチクのネットラジオ「ピーチ・クパーチクのしゃべる時間」は毎週欠かさずチェックしたり、現地に赴くことは難しくとも、ピーチ・クパーチクが出演する配信視聴可能のライブは全て購入したり、古参に劣らぬ熱を持っていると自負しています。
一か月前、私の送ったメールが「しゃべる時間」で読まれました。
そのメールは私自身とても自信がありました。でも、他のリスナーはどう思っているのだろうか。気になった私は「#しゃべる時間」で検索をかけてみました。
すると、「しゃべる時間」の名物リスナーであるビックロ黒助さんが私のメールを褒めてくれていたんです。大変心躍りました。
嬉しくなったのもつかの間、その下にある投稿に目が留まりました。
そこには、
「来週、ひっそりピーチクファンでオフ会みたいなのやりたいと思ってます!人員募集! #しゃべる時間」
と書かれていました。
私はこれまでオフ会というものに縁がなく、そもそも学生時代から部活やサークルなどのコミュニティに参加することができなかった人間でした。だからいつものように見て見ぬふりをする寸前で、指がぴたりと止まりました。
もう、我慢する必要なんてないんじゃないか?というかそもそも、何に怯えているんだ?ピーチ・クパーチクが好きな人の集まりに参加して何が悪い。むしろ、私ほどピーチクへの熱が強い人が行かなくて、何がピーチクファンのオフ会だ。
私はそれを投稿していた「他所の安孫子」さんに参加表明のDMを送りました。
いざ当日。場所は、他所の安孫子さんが友人と経営しているお洒落な居酒屋でした。通された個室が座敷であることに少し引っ掛かりこそあれ、古風でありながらシックな内装は、さすが一流デザイナーだ、と感心してしまいました(他所の安孫子さんはデザイナーとして働いてもいるそうです)。
参加者は、私を含め9人。そして驚いたのが、男性5人女性4人だったことです。
しゃべり時間では下ネタを発することも多く(その男子校らしさも私が好きになった理由の一つではあるのですが)、女性のファンがいるとは想像し難かったのです。
そして驚くことに、美人が多い。参加者の一人、「ビーナスクライスト」さん曰く、「ピーチクの言う下ネタって、なんか汚く聞こえないんですよ。だから女の人、特に美人のファンが多いって言われてますよね」だそう。
正直な話、私は入室した瞬間「ビーナス」さんに一目ぼれしていました。
しっかりとした目鼻立ち。シャープな輪郭。小顔の割に大きな耳。私は乾杯前から顔を赤らめていたかもしれません。
この機会に、ビーナスさんとお友達に。あわよくば、そういう関係に。
私は皆とお酒を飲みつつ、ピーチクの話に酔いつつ、ビーナスさんと近づけるチャンスを探っていました。
「ちょっと、トイレ」
ビーナスさんが席を立ったこの瞬間。今だ、と思いました。急いで立ち上がり、血流が悪くなって少し痺れた足を動かしながら靴置き場に向かいました。
想定外だったのは、私の靴です。ビーナスさんは店側が予め用意しているスリッパを履いていったのですが、スリッパは一足しかなく、私は自分のブーツを履く必要がありました。どうしてブーツを履いてきてしまったんだ。どうして座敷と教えてくれなかったんだ。やるせない気持ちは一旦隅に置き、脱ぎやすくするために緩くしていた紐をもう一度きつく締め、両足に蝶々結びを施した直後、トイレのためだけならここまできつく締め直す必要なかったじゃないか、と後悔しました。
店の入口から入ってすぐ右にあるトイレ。ノブが赤くなっていることを確認しました。
トイレから出てきたビーナスさんと、二人で少し会話をする。ほんの少しでも、そこで親交を深めて―――。
ふと右を見ました。入口のガラス戸の向こうには、灰皿が置かれたテーブルがありました。おそらく喫煙所代わりでしょう。
ビーナスさんはそこにいました。右手に加熱式タバコを持ちながら。
驚いたのは、ビーナスさんが喫煙者だったことではありません。ビーナスさんは、個室にもいなかった、見知らぬ男性二人と会話していたのです。
私も過去に喫煙者だったため、喫煙所でのコミュニケーションがどういうものかは知っています。しかし、ビーナスさんと見知らぬ男たちは、いわゆる「喫煙所だけの関係」ではないように見受けられました。
何かがおかしい。
ビーナスさんのメールはしゃべり時間でもよく読まれているので知っています。
「北海道 ラジオネーム:ビーナスクライスト」
どうして、北海道に住んでる人が、この居酒屋の喫煙所で談笑できる相手を有しているのか。
二次会は近くのカラオケで開催されるそうでしたが、私は家に帰りました。他の8人のうち、何人がカラオケに行ったのかは分かりません。
あれ以来、ビーナスクライストさんのメールは読まれていません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます