小さい青年

小さいおじさんって知ってますか?心霊とか、オカルトとか、都市伝説の類なんですけど。悪霊とか怨霊とかの、害を及ぼしそうな奴とは違って、小人とか妖精とか、要は害のない、むしろいいことをしてくれる奴なんです。詳しくはウィキとかで調べてみてください。

私も昔見たんですけど、それは小さいおじさん、というより、小さい好青年って感じだったんです。

詳しく話します。


私はとあるお店で働いていました。シンプルなデザインの、服とか文具とか雑貨とか食べ物を売ってるお店、と言えばピンとくる方もいらっしゃるんじゃないでしょうか。

小さい好青年を見たのは、私がレジを担当していたときです。

平日の昼にしては随分と客足がまばらで、あくびをこらえながら立っていたのを覚えています。

ふとレジ台を見ると、商品が置かれていました。手のひらに乗るサイズの、黄色いゾウの置物でした。こんな商品あったっけ?と思いながらお客さんの方に顔を向けて、一瞬ぞっとしました。


そこにいたんです。小さな好青年が。

身長は小学校低学年くらい。でも、明らかに子供じゃないんです。

髪型は茶色いツーブロック。つんとした鼻に、くっきりとした目。輪郭もしっかりしていて、服装も黒いパーカーに少しダボついたジーンズと白いスニーカー。大学生くらいの青年みたいな恰好をしてたんです。

もしかしたら子供でもそんな服装の子はいるかもしれませんが、彼は違います。何というか、子供らしい体格じゃないんです。思春期の頃に見られる第一次、第二次性徴を終えた体が縮小した、みたいな。そして、顔だけ縮小してない、みたいな。だから、スタイルのバランスとしても奇妙でした。

その青年と目が合って、こう言われたんです。「あんた今、幸せ?」って。

私は驚いて体が硬直しました。そのまま二度、瞬きをすると青年の姿は消えました。

幻覚だと思いたかった。でも、台に置かれたままの黄色いゾウが現実であることを示唆していました。


店に置いておくのもいいことじゃなかったんで、黄色いゾウは家に持ち帰りました。

その頃はまだ実家暮らしでした。二階にある部屋に入り、電気を点けると、店で見た小さい青年がベッドに腰掛けていました。私は驚き、声を上げて逃げ出そうとしたのですが、それを行う前に青年は立ち上がり弁明を始めました。

「驚かないで!いや、驚くのはしょうがないよね、でも逃げないで。騒ぐのもやめて。マジで」

最後に発したマジで、の三文字がやけに人間らしくて奇妙でした。そこまで人間らしくない現象を起こしてきたんだから、貫いてほしいもんです。

「まあ、もう分かるよね。オイラ、妖怪なんだよ。ごめんね、妖精とか天使じゃなくて。でも悪魔とか死神よりは良かったでしょ」

妖怪でした。彼曰く、一つ目小僧の従兄弟、らしいです。

「で、なに?目的は」私は尋ねました。まだ警戒は緩みません。

「その黄色いゾウ、返してほしいんだ」

「なんで」私としては気味が悪くて仕方がない物だったのですが、いざ返せと言われると、癪でした。

「それ、無いと死活問題なんだよね」

どうやら彼は、幸せが足りていない人間に、幸せを送るための活動をしているようでした。その時に、このゾウの置物を活用するそうです。

「ちょっと待って。私」そこまで幸せじゃないよ。

店のレジで問われたとき、私は少し考えたあと、首を横に振ろうとしていました。

「あなたが消えたから答えられなかったけど」

「馬鹿にしないでよ」彼に冷たく言われました。

「あんたは幸福だよ。両親も健在だし、恋人もいるし、仕事もあるし、友人もいる。それで不幸は贅沢だよ」

「何も知らないのに知った口きかないで。仕事はストレスばっかたまるし、信頼できる友人も一人しかいない。彼氏とは最近疎遠だし、親も口うるさいから嫌いなの」

「分かってないよ。全然。ストレスばっかでも、仕事がある。信頼できる友人が、一人でもいる。疎遠でも、彼氏がいるし、口うるさくても、親が生きてる。それは幸せなことだよ。よく、考えな。無くなったり、いなくなったりしてからじゃ、遅いんだからね」小さい青年はそう言うと、私のカバンから黄色いゾウの置物を取り出し、わきに抱えました。そのままウルトラマンのポーズを取ったかと思うと、幽霊のようにすっと消えてなくなってしまいました。


直後は彼の言っていることが理解しきれず、いらいらが募っていましたが、今では彼の言葉が痛いほど分かります。

半年前に母が他界してからやっと分かった私は、とんだ親不孝者です。

せめて父には、孫の顔でも見せたいな、なんて思っています。

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