シミュラクラ現象

始めまして。本名を公開するのは恐れ多いので、P.N.土足餅 とかにします。今適当に考えました。


さて、私はとある会社でプログラミングを担当していました。まあ、ゆるーく言えば、とあるサイトをもっと使いやすくするためにいろんなツールを開発するのに携わってる......みたいな感じです。

つまり、デスクワークなんです。一年間同じ席に勤めて、デカいモニターとにらめっこする毎日。ブルーライトカットメガネは必須です。わざわざ眼鏡屋さん行って、特注でカット率倍くらいにしてもらったんですよ。私、視力良いのに。


座り仕事は腰に来ます。だから一時間に一回は必ず伸びをするようにしているんです。

手を組んで、腕をぐっと上げる。モーションとしては、素人女子のフリースローみたいな、あれです。

その時に、ふと上を見たんです。そしたら天井に、黒いシミが三点。ボウリングの球の、指を入れる所みたいな位置関係で、点が三つあったんです。

真っ白な天井ですよ。おかしいと思うでしょ。でも、あんまり気にしなかったんです。だって、さっきボウリングの球って書きましたけど、点の大きさは、まあ画鋲で開けた穴くらいのもんでしたから。


おっと、コレ、怖い話じゃないですからね。安心してください。


シミュラクラ現象ってあるでしょう。逆三角形の形で点が三つあれば、人の顔に見えてしまう現象。

私、いつしかその天井の三つの点に、めちゃくちゃ親近感を感じてたんですよ。天から天使が私を見守ってくれてる...みたいなイメージ。変なこと言ってますよね。

でも、毎日毎日見上げればそれがあるんですよ。もしかしたら、おかしくなっちゃってたのかなぁ。私はその点たちに名前をつけていました。

「シミュラ君」は私の憩いでした。小休憩もままならないキツい業務の中にある、数秒の対面。それだけで、私は少し心が安らぎ、またキーボードを打つことができました。


時は過ぎ、1年間の業務が終了しました。私は転勤を命ぜられ、今度は地方の機械設計を務めることになりました。プログラミングの後に、設計職。おかしな職場です。まあ、上司に打診したのは私なんですけど。

まるっきり違った業務が良い、と言ったんです。例えば、営業で外を歩き回る仕事が良い、と。さすがにそれは通りませんでした。

これまでと違った勤務先。異なる席。目の前のモニターも小さくなりました。

ここまでは問題なかったんです。頑張るぞ、って思ってました。問題は、天井にありました。


モニターとにらめっこを続け、3時間が経過した頃。私は久しぶりに背を伸ばしました。両腕を上げ、その際にふと天井を見ました。体がいつものように背を伸ばす。そのモーションで思い出しました。

シミュラ君は、ここにもいるのだろうか。


天井を見て私はぎょっとしました。

そこには三年前にグループを引退した元アイドルのポスターがあったんです。

端正な顔立ちから、「世紀的美少女」という異名を持つ子の上半身。なぜでしょうか。私は寒気を覚えました。単純に言って、気分が悪くなったんです。

これまで、テレビで彼女を見ても、負の感情が湧いたことはありません。まあ、とんでもなく可愛いな、と思う程度です。しかし、天井に映る彼女はまるで悪の権化でした。


隣の席に座る中森さんに訳を聞くと、先日までその席で働いてた奴の置き土産、だそうです。

「僕は伸びをする度にレイカちゃんを拝むことができて、その度に仕事へのモチベーションを上げることができていたんだ。次にここに座る人にも、きっと重宝されるはずだよ、って言ってました。気持ち悪かったら、全然剥がしていいですからね」


私は速攻天井のポスターを剥がし、代わりにA4のコピー用紙を貼り付けました。

コピー用紙には、私が鉛筆で付けた小さな点が三つ。シミュラ君2号です。

中森さんは終始不思議そうにしていましたが、何も聞かれることはありませんでした。


来週に、またも転勤があります。今度はいよいよ外回りがメインになります。

社用車について尋ねると、どうやら、運転席に座るのは当分私のみになるようです。

シミュラ君3号の準備は、もう済んでいます。

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