第4話 私の名前を言ってみろ (2)
「でも新入生が俺だけって、俺が入ったのだって部活勧誘の時の強引な引き込みですよね。」
「ああ、あれか。今となっては懐かしい思い出だな。」
「あれは思い出で片付けちゃダメな奴ですからね!」
そう、新入生歓迎会の後の部活動紹介。先輩は一人壇上で文芸部のすばらしさを語っていたんだ。ただ、文科系の花は吹奏楽部や軽音楽部。美術部やアニメ動画部が次点と言った所か。
放課後の部活勧誘でも、雨の中一人でチラシを配っていたっけ。
何かの拍子に落としてしまったのか、濡れた地面にチラシが散乱して、思わず親切に拾うのを手伝ったのが悪かった。
”どうもありがとう。君、新入生だよね。親切ついでで悪いんだけど、これ片さないといけないから、部室に運ぶの手伝ってくれる?”
案内されるまま濡れたチラシを運ぶ俺。高校に入ったばかりでまだまだ初心だったからな。
文芸部と書かれたこの空き教室に入ってごみ袋にチラシを入れた後、先輩がにっこり笑って入部届を渡してきたんだよな。
”書いてくれないと悲鳴を上げるわよ♪”
放課後の空き教室。雨で濡れた男女が二人…。
嵌められたー!!
美人局もびっくりの手口だったよ。
「いや~、あの時は私も切羽詰まっていてな。」
「買収できるお友達がいるんなら、俺必要なかったじゃないですか。」
「うむ、でも、まあ、後輩欲しかったし。」
「誰でもよかったんじゃないですか、心根のやさしい自分が恨めしい…。」
”誰でも良かった訳じゃないんだけどな…。”
「先輩なんか言いました?」
「いや、何も言ってないぞ、うん。」
「そうじゃない!
高橋、お前が私の名前を憶えているかどうかって話だったんじゃないか!」
やべ、ごまかせてなかった。このまま有耶無耶にしたいのは山々だがいつまでもって訳にもいかんし、素直に謝るか。
「すいません。正直覚えてません。苗字に”橋”がついているのは覚えているんですが、他が曖昧で。」
「は~、まあいい。高橋が高橋だったと言うだけだ。もう一度言うからちゃんと覚えるんだぞ。
”橋下 ゆり江”だ。
橋の下の”橋下”に、平仮名で”ゆり”、江戸の”江”で”ゆり江”だ。
解ったか。」
”橋下ゆり江”ね、うん、覚えた。
「名前の件はすみませんでした。でも先輩、何でそんなに名前に拘ったんですか?」
「寂しいじゃないか…。」
「へ?」
「さっきも言ったがこの広い部室に部員は私たち二人しかいない。それなのに名前も覚えてもらえてないなんて、寂しいじゃないか!」
お、おう。この先輩なんかいきなりぶっちゃけたんですけど。
「先輩って結構強気の発言が多かったから、正直そんな風に思ってるなんて考えていませんでした。本当にすみませんでした。」
「わ、解ればいいのだ。これからはちゃんと名前で呼ぶように。」
「うっす。忘れない限り努力します。」
「それ絶対やらない奴じゃないか!お前って奴は…。」
いや、そんなこぶし握りしめて睨まないでくださいよ。本当に名前は忘れませんから。でも先輩も結構かわいいところあるんだな。言ったら殴られそうだから黙っておこう。
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