第3話 私の名前を言ってみろ

「なあ、高橋後輩。」

「なんすか、先輩。」


”今日もいい天気だな、帰りはマックによってソフトクリームでも食べようかな。”

などと考えながら、窓の外に見える、グランドで練習する陸上部を、ぼーっと眺めていたら、不意に声を掛けられた。


振り返れば、先輩がジト目でこちらを睨んでいる。

はて、今週はまだ怒られるような事はしてないんだが?


「お前、私の事をいつも”先輩”って呼ぶよな。」

「そうですね、やはり後輩としての礼儀というか、それがどうかしましたか?」


「お前、ちょっと私の名前を言ってみろ。」

「……」

「なぜ目を逸らす。人と話をするときは相手の目を見て話しなさいって小学校で習わなかったのか?

だからいい加減こっちを向け!!」


先輩は人の顔を両手で挟むと強引に前を向かせた。

やべ、目が笑ってない。


「え~っとですね、先輩は先輩であるからして、やっぱり先輩な訳でして、だから先輩なんですよ。」

「何を言っている、意味が解らんぞ。まさかとは思うが、忘れたなんて言わんよな?」

「はっはっは。そんな訳無いじゃないですか♪

バッチリですよ、はい。」


「あ、うん。言わんでもいい。

うすうす分かってはいたんだ。お前はそんな奴だったな、うん。」

自分の席に戻り遠い目をする先輩。

うわ、やっちまった。


「先輩どうしちゃったんですか、今日なんか変ですよ。」

黄昏てる先輩になんか聞いてみる。


「高橋、この部室を見てどう思う。」


とりあえず回りを見渡す。空き教室を利用した文芸部の部室はやたら広い。部の備品と言えば書籍を置くための本棚と、そこに収まった小説の類。


「きれいに片付いていると思いますけど?」


「そうじゃない、私たちの人数に対して広すぎるとは思わんか。」

「まあ、そうですね。他の部員も見たことありませんし。」


「他に部員はおらん。」


「は?いやいやいや、他に部員がいないって、部活動の最低人数って5人じゃないですか。俺と先輩以外に最低でも3人いるはずですよね!」


「あいつらは名義貸しの、所謂いわゆる幽霊部員だ。」

知りたくなかった真実、文化部の闇って深いな~。


「昨年は卒業された先輩方がおられたが、引退されてからは私一人で活動していた。新入生に期待していたのだがそれもお前ひとり。で、仕方がなくな…。」


「どうやって買収したんですか?二年生になってから入部って、帰宅部か何かだったんですか?」


「お前が知っているかどうかはわからんが、我が校はバイトに対して寛容だ。一年は6月以降だが、バイト申請を提出すれば簡単に許可が下りる。その為部活に入らずにバイトする生徒であふれておる。

奴らは食事を奢る事で簡単にサインしたぞ。」

「それだけですか?先輩って優しいお友達がいるんですね。」


「ふん、優しいもんか。私はガ〇トにするって言ったのに、あいつらコ〇スじゃないと嫌だとかぬかしおって、セットメニューにデザート&ドリンクバーも頼んでばかすか食べやがって!

ブルジョワか?お前らの舌は庶民の味じゃ満足できんのか?」

「いや、先輩、コ〇スは十分庶民の味ですよ。高級路線ですし価格設定もやや高めですが。」

”なんだ高橋、おまえもかー!!”ってブルータスじゃないんですから。別に裏切ってませんから。


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