第3話 母親の再婚相手の子供と追いかけっこ
姫香と初めて会ったのは、高校一年生の頃の冬休み初日。クリスマスイブだったのを今でも覚えている。
母さんが突然「会わせたい人が居るから今日一緒に出掛けましょう」と言われ、お洒落な服なんて持ってないって逃げようとしたら「学校の制服があるじゃない」と言われ半ば連行されるように、日本料理店に連れていかれた。
「雅虎、急な話でごめんね」
人生初の日本料理店、しかも完全個室に、俺は尻込みしていた。高校の制服である学ランで来ているのが場違いな気がしてしまう。
「せめて、当日の朝以外に教えて欲しかった」
小さな抗議をすると、母さんは小さな声で「ごめんね」と呟いた。
用意されている座席は四人分。
緊張のあまり母さんが早くお店に到着してしまったため、待ち合わせ時刻よりも一時間も早く着席するのをお店の人は戸惑っていた。
「事前に言ったら将虎逃げちゃうかなって思って」
母さんも緊張しているのか、膝の上に握り拳を作っていた。
「だからって逃げられない様に当日言うのは、反則だと思う」
母さんはもう一度小さな声でごめんねと呟いた。
「こう言うの初めてだから、どうしていいか分からなくて」
年の割に若く見える母さん。二十代前半で俺を産んでいて確か、四十代くらいだった気がする。一緒に買い物に出掛けた時、彼女に間違われる位、若く見える。浮いた話一つなく、俺を十年ほど育ててくれているので、もし、一緒になりたい人が居るなら反対するつもりは無い。
俺自身も緊張を解したくて、会う前に相手の情報を聞き出したくて、俺は母さんに質問をした。
「母さんはどうしてその人の事好きになったの?」
母親の恋愛事情を赤裸々に聞くのは恥ずかしいが、聞いておきたかった。
「接していくうちに、“この人と同じ時間を過ごしたいな”“幸せになりたいな”って感じてって、何言わせるのよ!!」
母さんは耳まで赤くしながら、隣に座る俺の背中をバシバシ叩いてくる。本気で叩かれているので、痛い。
足音が近づいてきたと同時に、遠慮がちに女性店員が顔を覗かせてきた。
「お連れ様がいらっしゃいました」
「はぃッ」
女性店員の声掛けに驚いて椅子から立ち上がる母さん。俺が思っているよりも、母さん緊張しているのかな。
「母さんちょっと落ち着いて」
母さんを席に座らせると、女性店員と入れ違いに母さんと入れ違いに紺色のスーツに少し長めの前髪を綺麗に流している、四十代くらいの爽やかイケメンと言われそうな男性が柔和な笑みで部屋に入ってきた。
「恵さん、約束の時間よりはやい気がするんですけど」
「早く来ちゃったかもね、将虎」
母さん嬉しそうに頬を染めてるのに、再度挙動不審に立ち上がる。
スーツ姿のイケメンは母さんの動きに笑顔を向けているだけで、隣に座っている俺にそっと手を差し出してきた。
「将虎くんで間違いないかな?初めまして」
慌てて立ち上がり、握手する。母さんは俺達のやり取りを眺めて、そっと胸をなでおろしているように見えた。
「初めまして。いつも母さんがお世話になっています」
目尻に皺が集まった笑顔をしたスーツ姿のイケメンは、嬉しそうに見える。
「話にはよく聞いていたけど、しっかりした雰囲気じゃないですか」
手を離すと、スーツ姿のイケメンは母さんに朗らかな笑みを向けている。
「緊張して猫かぶってるだけですよ、一新さん」
俺の印象が良かったことが嬉しかったのか、母さんはどこか嬉しそうにしている。
母さんが挙動不審だったのはきっとバレているけど、触れないでくれていた。
“一新”と母さんに呼ばれたイケメンは部屋の入口を振り返り、声をかけた。
「姫香、早く入ってくればいいだろう」
「まだ、心の準備が出来てないのッ」
ひょこっと、入り口から顔を覗かせる女の子。伺う様に室内を一巡した後に、一歩部屋の中に足を踏み入れる。黄色をベースにした小さな花柄のワンピース姿、前髪を真っ直ぐ切りそろえ、腰くらいまである髪の毛を下ろしていた。
「初めまして、姫香です」
一瞬その声に、既視感を抱いた。
一新さんの隣に立ち、恥ずかしそうに半分隠れようとしている。一瞬不機嫌そうな顔をしたのは俺の見間違えだろう。一新さんの隣でモジモジと、両手を合わせて少し俯いている。
母さんは姫香の登場に嬉しそうに一歩近づき、合わせている両手を握りしめた。
「初めまして、姫香ちゃん。私が恵でこっちが将虎・春で高校二年生になる息子です」
「はじめまして、将虎って言います」
「は、初めまして・・・。わたしは春で中学二年生になります」
俺よりも年下の女の子なのに、しっかりと自己紹介している。
母さんが手を離すと、一新さんが嬉しそうに姫香の頭を撫でた。
「積もる話もあるでしょうから、一旦席につきましょう」
入口に近い方に一新さんたちが座り、俺の正面には姫香がすわった。
俺たちが席についたのを確認するかのように日本料理が机の上に次々並んでくる。一新さんが並べられる料理を見ながら、慣れない場所に戸惑っている俺に向かって笑いかけた。
「本当は違うお店も考えたなんだけど、姫香がこのお店が良いって」
「食事するなら、美味しい和食食べたかったんだもん」
同級生の女の子ともあまり会話をしないため、姫香の反応がとても新鮮に感じてしまう。
「将虎くんがどう聞いているか分からないけど、今日は気軽な食事会位で考えて欲しい」
一新さんの言葉に母さんも同意するように、言葉を続けた。
「そうね、今日は深いことは考えないで一旦食事を楽しみましょう」
気がつけば料理は全部並んでいて、姫香は並んでいる料理に目を輝かせている気がした。
「色彩御膳にしてみたんだけど、将虎くん嫌いな食べ物あったかな」
「いや、ありません」
いただきます、と両手を合わせて食事をスタートすると、母さんは楽しそうに二人と会話をしている。俺は並べられた料理を口に運びながら時折質問されたことに、「はい」とか短い言葉で返答していた。
父さんが事故で死んでから、二人きりになったけど、幸せだった。
父さんが死んだ時は世界の終わりだって泣いていた母さんが最後、二人で生きようねって笑ったのを覚えている。俺が母さんを支えなきゃって、守れるのは俺だけだって思って、必死に母さんに迷惑かけない様にしてきたのに。
一新さんは俺が母さんにしてあげられなかったことを一瞬にして叶えてく。
ぼんやりと、そんなことを考えていたら、気が付いたら料理を口に運ぶ手が止まっていた。
「将虎、どうしたの」
母さんが俺の顔を心配そうに覗き込んできて、姫香は眉間に皺を寄せている。一新さんも母さんと同じように戸惑いながら俺の様子を伺っている様に見えた。
「将虎くん、何か嫌いな食べ物でもありました」
「大丈夫ですか?」
三人の視線が俺に集まっているのが不思議でどうしたのと、口にしようとしたら喉の奥が詰まっていて、姫香が淡いピンクのタオルハンカチを差し出してきて、やっと頬が濡れていることに気がついた。差し出されたハンカチを受け取るよりも、俺は自分が涙を流していることが不思議で、しどろもどろになってしまう。
「いや、あの、これは」
咄嗟に良い言い訳が思いつかない。どうして自分が泣いているのか、分からなかった。
「将虎、もしかして」
母さんが小さな声で呟いているのが聞こえて、否定する言葉もうまく言えなくて。
伝う涙の意味がわからず、俺はそのまま、店を飛び出した。
後ろから心配そうな母さんの声がするけど、振り返れない。ただ、あの場に居るのが辛かった。お店から飛び出し、息が上がってきたところで、俺は足を止めようとしたがが、後ろから軽快な足音が聞こえる。
振り返るとそこには見事なフォームで走ってくる一人の女の子の姿があった。
「逃げるってどういう神経してるのよ」
長い髪を邪魔そうに振り払いながら、姫香が俺の後を追ってくる。反射的に俺は、姫香から逃げるようにまた、走り出した。
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