第2話 秘密を知りました。②
再度ブロッサムの配信が止まる。同時に姫香の部屋の方から助けてと言う悲鳴が聞こえてきた。
偶然のシンクロだよな。スマホに映るブロッサムの配信は音声が切れていて、でも助けを求める声が途絶えなくて。
家に越してきてすぐに「勝手に部屋に入ってくることを禁止」と言われてしまっているため、何かあるときはまずメッセを送ることになっている。
スマホを片手に持ち、停電していた時とは違う緊張感が走る。
勝手に部屋に行っていいものか、悪いのか。悩んでいる間も姫香の叫び声がやむことは無く、必死に「誰か来て」と叫んでいた。
ポケットにスマホをしまい、俺は恐る恐るまだ一度も近寄っていない妹の部屋の前に立つ。先ほどよりも激しく悲鳴が聞こえ、「こっちに来るな」「飛んじゃダメだからね」と言っている。
「姫香、入るぞ」
ノックをして部屋に入ると、入り口正面に勉強机が置いてあり、立派なゲーミングチェアの隙間から。ノート型パソコンが見えた。部屋全体の印象は白とピンクを基調にした家具でそろっていた。
ベッドの上に枕を抱えながら立つ姫香は俺の登場を半分涙目になりながら見つめる。
「来たからには、早く、あいつを片付け、なさい」
「あいつ?」
途切れ途切れに話す姫香は、俺が気づいていないことに気が付くと、パソコンが置いてある机の足元を指さす。
久しぶりにお出ましのゴキ〇リに、俺は自分の履いていたスリッパを右手に持ち、素早く逃げられる前に近づき、スリッパを振りかざし息の根を止めた。
「これでもう、大丈夫」
「消毒して!!」
「はい、はい」
虫嫌いの人なら怒るのは分かるけど、一応俺助けてあげたんだけどな、っていう心境を理解しているかな。立ち上がり、パソコンが置いてあるなと、ふと視線を向けるとパソコン画面には自室で配信を見ていた、ブロッサムが映っているのだが、いつもの見慣れた画面とは少し違い、簡単☆Vtuber配信講座に映る画面と同じものだった。
姫香は俺がパソコン画面を見ていることに気が付いて、慌ててベッドから降りてくる。俺の背中を押すようにして部屋から追い出そうと必死だ。
「早く出ていきなさい」
「姫香、まさか、お前が」
推していたVtuberの正体が義理の妹なのか。ゴキ〇リを退治しに来ただけなのに、妹の秘密を知ってしまったんじゃないか!?!?
姫香は俺が部屋から出ていかないことを察したのか、背中を押す手の力を弱めた。
「詳しい話は後で」
姫香はヘッドセットを付けなおし、パソコンの前に座る。
「今日は本当にごめんなさい。二回もハプニング起きちゃって。配信お休みの間はできるだけヌイッターで進捗とかお知らせするから、楽しみにしていてね。またねバイバイ♬」
プチっと、画面を切り、ヘッドセットを机の上に置くと、クルリと椅子に座ったまま俺の方に向き直る。
少し高めの元気いっぱいの女の子の声から、ワントーン下がった声。フワフワとしたしゃべり方は変わらないはずなのに、同一人物とは思いにくいくらい、印象が180度変わる。
「こんなに早く秘密を知られるとは思わなかったわ。知られたからには協力して欲しいの」
「助けを求めてきたのは、姫香の方だ」
「確かにわたしの方から助けを求めたけど」
ゴニョゴニョ言い訳を始める姿は初めての顔合わせの時から想像つかない。
「でも、底辺のわたしの配信を知ってるってことは、もしかしてリスナーとして見てたってこと」
姫香の瞳は確信に満ち溢れていて、変に言い訳をしていいのか躊躇ってしまう。推しの中の人が目の前に居るのを素直に喜んでいいものか、それとも知っていたことは偶然を装うべきか。
「ねぇ、どっちなの?」
俺は、見てないと、言うつもりだったのにその必死さにつられてしまった。
「配信、見てる」
「本当、なら余計にわたしのこと分かってるわね?」
ガッツポーズをする姫香は俺の視線に気が付いて慌てて咳ばらいをした。
「一年配信していて、自分じゃ気が付かない駄目なところがあると思って、それを教えて欲しいの」
「俺で良いのか」
「友達にも誰にも話せてないの。わたしがVtuberをやっているって知っているのは将虎くんだけ」
姫香は初めて会った時から俺の事を「お兄ちゃん」とは呼んでくれない。妹が出来るなら可愛くおねだりされたいって考えていたのは甘かったのか。
「お願い、わたしは人気Vtuberになりたいの、あの人みたいになりたいのに、全然追いつける気がしない」
「あの人?」
「憧れの人の一人や二人いるに決まってるでしょ!!その人みたいになりたいって思うの、悪い」
クルリと俺に背を向ける姫香。
配信の時でも声を荒げていなかった姫香が、感情のままに俺に接してくれるのが嬉しくて、つい口元が緩む。
「分かった、協力する」
「本当、後でやっぱりやらないって言わないわよね」
回転する椅子はなんとも便利で、一瞬にして俺の方に向き直る姫香。ちゃんとコミュニケーションを取ってきてなかっただけで、姫香は俺が最初抱いていたイメージとは違うのかもしれない。まだ越してきて一週間で、お互いに食事の時しか顔を合わせていないと、お互いの事は何一つ分からない。
「じゃぁ、改めてよろしくね、将虎くん」
俺より少し視線の低い姫香の顔を改めて正面から見ると、やっぱり美人だなって改めてしまう。
「こちらこそ、よろしく、姫香」
握手をしようと手を差し出すが、姫香はプイッとそっぽを向く。
第一印象最悪だった俺たちが手を組んで“ブロッサム知名度上げる大作戦”を練ることになった。
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