第34話 されど愚者は嗤い続ける
──その女は、
「あーあ、今回は良いと思ったんだけどなぁ。勿体ない勿体ない。ねぇ? そう思わないかい?」
愛車で山道を走る。助手席に乗ったソレに声を掛けるが、当然返事が来るわけが無い。
「まぁ、新しく探せばいいか。当事者になるのは初体験。何事も初めては上手くいかないものだからねえ」
私も含めた四人の物語は、これで終わった。結局、最後は詰まらない終わり方だ。今回は、私がそうしたのだけれども。
時間は夜。
山道は車通りがない。たまに、ソレを乗せてドライブに勤しんでいた。走り慣れた平坦な道が続くことも相まって、クラッチを切ってギアを上げ、アクセルを強く踏む。クラッチを切る感覚は、やはり好きだ。
カーラジオのボリュームを上げる。誰と誰が結婚した。日本出身の有名メジャーリーガーの活躍。何処か遠くの街で起きた強盗事件。
そんな、詰まらないニュースばかり。
思わず、欠伸を漏らしてしまう。いけない、事故でも起こしたら元も子もない。人生を謳歌できない。刺激を得られない。
この先は、右に大きくカーブするため、曲がり切れるようアクセルを緩める。
──ふと、視線を感じた。
視線を左に向けると、ソレの視線が明らかにこちらへ向いていた。にやりと、思わず口端が歪む。次の楽しみは早くも見つかったのかもしれない。
その可憐な唇が僅かに動いたような気がした。ラジオを切る。車内に静けさが訪れる。私は目の前から注意を外さないようにしながら、体を助手席側へと傾けた。
「なに? 何か言いたいことでもあるのかなあ?」
「………ね…………」
「んー?」
カーブが近い。ハンドルを右に切る準備が半ば無意識に行われる。もう少しだけ、身を寄せてみる。
「────死ね」
小さく、けれどはっきりと聞こえた。
「あは」
カーブ目前。その細腕がハンドルの上部へと俊敏に伸びた。向けられた憎悪に対する恍惚で一瞬抜けた力。
そして、右に回すべきハンドルは。
──左へ大きく切られた。
反射的にブレーキを踏むが、間に合うはずもない。甲高い摩擦音の後、ガードレールにぶつかる。甚大な衝撃を受けてエアバッグが作動して、柔らかな感覚に身体が包まれる。
しかし、カーブを曲がれるギリギリ程度までしかアクセルを緩めなかった故に、ガードレールを起点として、車は大きく弧を描くように反転して宙に投げ出される。山道も中腹。道なりこそ平坦だが、道の横は崖。反転した車は、重力のままに落下していく。
「あはは!」
ソレは、ただひたすらに憎悪に塗れた笑みを浮かべていた。それは、復讐の成就への悦び。上下の反転した世界で、私は、向けられる負の感情に恍惚の声を漏らすだけ。
落下する、鉄の塊。
「そうだ、ヒロインって死なな──」
──金属の、ひしゃげる音が響いた。
漏れ出たガソリンに引火し、車体は大きく燃え上がる。ひしゃげた車からはなんの音もせず、ただ、鮮やかな赤が広がっていく。
周囲の木々は真っ赤な光を受けて、まるで愉しそうに、嘲笑うようにその身を揺らめかせていた。
暫くして、サイレンの音が響き渡る。
車のドアは、片方だけが空いていた。そのすぐ側に、一人の人物が地に伏している。しかし、その周りにも鮮血が広がっていた。その人物は、ぴくりとも動かない。
その人物は直ぐに担架でドクターヘリへと乗せられ、病院へと運ばれる。しかし、もう手遅れであるようにしか見えなかった。
もう一人は、車の中で既に炭化していた。苦悶の表情ではなく、何故か笑みを浮かべて。
そうして、女の人生は破綻を迎えた。
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