第15話

 ステラは震える声を隠すように小さな声で話し始めた?「私とユーミンは小さい頃から一緒で、何をするのも二人一緒だった。私は、不器用でガサツで、いつも失敗ばかりだった。だけど、ユーミンは私の何倍も上手に物事をこなすんだ」

 そこで言葉切ると顔を隠すように俯いた。泣き出してしまうのを堪えているようにも見えた。

 カルラは繋がれていたままだった手に少しだけ力を入れた。大丈夫、安心して、と伝えるように。

 その気持ちが伝わったのかステラは覗き込むように下からカルラの方を向く。そして意を決したように話すのを続けた。

「普段は別に気にならないんだ。ユーミンがなんでもこなせることは本当にすごいと思うし、自慢の友人であることに変わりないんだ。だけど……」

 言葉の続きを口にすることを悩むように口を閉じたり開いたりする。

 自分の気持ちを言葉にするのは相当な勇気が必要なことだ。とくにカルラ達はステラと出会って間もない。多少の信用はあっても心の内を否定されないと断言するにはまだ信頼が足りなかった。

 それに心の中で思っているだけなら何かの気の迷いで済まされることも、口に出してしまえば認めざる負えなくなる。そういった意味でも、ステラは言葉にすることを悩んでいるのだろう。

「言葉にすることが難しいなら、無理に口にする必要はないわ。ただ、私はステラの心の整理ができればいいなと思っているだけだから」

 カルラは励ますように握った手に力を込めながら安心させるように笑った。その言葉に俯いていたステラの顔が上がる。ステラはじっとカルラの目を見つめると、勇気をもらったように小さく頷いた。

「いや、聞いてもらえると嬉しい。一人で抱えるのにはそろそろ限界だと思っていたから」

 大きくはないこの村で、他の村人に打ち明けることは難しかったのだろう。村の人たちは繋がりを大切にする傾向がある。そんな村の中で一度でも噂の芽が出て仕舞えば、きっとすぐにてもユーミンにも伝わってしまうだろう。

 そう考えれば、ステラがこの村で葛藤する心の胸の内を誰にも打ち明けられずにいたとしてもおかしいことではない。その点、カルラ達は完全に部外者であり、明日になればこの土地から去ってしまうような人間だ。隠し事を打ち明けるにはもってこいの相手とも言える。

「たまに……本当にふとした時、自分には何も、誇れるものがないと感じる時があるんだ」

 ステラは言葉を選ぶようにゆっくりと話し始める。震える声で、泣き出してしまうのを堪えて話す彼女の言葉を、他の四人は黙って待ち続ける。

「虚無感……嫉妬……劣等感、とも言うのだろうか?大好きな友達。自慢の友達。誇れる友達。……だけど、私の心の底で渦巻く醜い感情が、時折、私に囁くんだ」

 ステラは言葉を切った。そして数回、心を落ち抜けるように呼吸を繰り返す。

「ユーミンが、羨ましい。なんでもできるユーミンが、憎いって……」

 心に長年隠してきた気持ちを初めて吐露したのだろう。ステラは両目をきつく瞑った。その瞬間目尻から一粒の涙が流れた。その涙はステラの頬をつたい、地面へとぽとりと落ちた。

 一粒涙が溢れると、堰を切るように次々に涙が溢れてきた。

 ステラは繋いでいた手を解くと両手で溢れ出てくる涙を止めようと目を乱暴に擦る。しかし、とめどなく出てくる涙はステラの手を濡らすだけで止まる様子はなかった。

「目を擦ってはいけません」

 そう言ってヨハンは懐ならハンカチを取り出し、優しくステラの涙を拭った。ヨハンは涙を流しながらぽかんとヨハンのすることを見ているステラに目線を合わせるように膝を折った。

「ご事情はなんとなくわかりました。さぞお辛かったことでしょう」

 目尻を下げてステラを気遣う様子を見せる。ステラはヨハンの言葉を否定するように何度も頭を横に振る。

「辛い……だなんて……そんなこと……。こんな、ことを考えてしまう……私がっ……。弱い自分が、いけないんだ」

 嗚咽を堪えるように途切れ途切れにステラが言葉を口にする。ヨハンは優しく首を横に振る。ステラの気持ちをステラから守るように。

「たしかに、ステラさんの抱えるお気持ちは、綺麗なものとは言えないかもしれません。だけど、貴方自身がその気持ちを否定してしまったら、誰がその気持ちを受け止めてあげれますか?」

 厳しいことを言うようだが、ステラの気持ちはあくまでステラだけのものだ。どれだけ周りが話を聞き、慰めたり、共感をしたところで、ステラがその気持ちを受け入れない限り前に進むことは難しいだろう。

 ステラの辛いという気持ちは、ステラの現実と理想の乖離から生まれるものだろう。カルラにも覚えがあったからこそ、ステラの気持ちは痛いほど理解できた。だからこそ、ヨハンの言葉は今のステラには余計追い詰める一手となるのではないかと考えた。

「私はそうは思いません。ステラがその気持ちを否定することもひっくるめて、全てがステラの大切な気持ちだと思います。……ステラが今すぐに受け止める必要はないと思います。ステラの心の準備ができるまで、周囲の人が支えるべきだと思います」

 カルラはヨハンの言葉を否定するように言う。ヨハンはステラから顔を離し、カルラの方をじっと見て考えるそぶりをみせる。

「……それは、カルラ嬢の経験談ですか?私には、カルラ嬢がそうして欲しかったように聞こえますが」

「なっ……!」

 ヨハンの指摘に思わずカッと頬が熱くなるのを感じた。図星を突かれたようだった。カルラは手を強く握りしめ、わなわなと震わせる。言い返す言葉が見つからず、ただ唇を噛み締めることしかできなかった。ヨハンに気づかれたことも、何も言い返せないことも全てが悔しかった。

 すっと目を細めて冷ややかにカルラを見つめるヨハンの視線から逃げるように顔を伏せる。カルラはそんなヨハンの表情を初めて見た。

 泣いていたはずのステラは二人の様子が突然変わったことに驚いて口をぽかんと開けていた。アンはいつにないカルラの様子にただおろおろするだけだった。そしてシェイドは眉を顰めて小さくため息を吐いた。

「ヨハン、それは駄目だ」

 シェイドの言葉にヨハンははっと目を見開いた。そして冷たい雰囲気を霧散させた。

「……すみません。言葉がすぎました」

 動揺しているのか口に手を当ててヨハンは謝罪の言葉を述べる。その言葉を受けて、カルラは深呼吸をして悔しさを流すように全身の力を抜く。そして「いいえ」とぶっきらぼうに返す。

「私の、せいだな……」

 申し訳なさそうに目尻を下げるステラにカルラは慌てる。

「違うわ!……私がちょっと取り乱しちゃっただけよ。それよりも、ステラ、あなたのことを考えましょう」

「カルラ嬢の言う通り、ステラさんのせいではございません。そしてカルラ嬢のせいでもございませんよ。私が考えもせず失言してしまったのが一番の原因ですから」

 カルラがステラの手を取る横でヨハンが口を挟む。ヨハンの方を見れば、いつもの人の良さそうな笑みを浮かべていた。そこに冷たい空気は一切感じられなかった。

「ステラはどうしたい?」

 ヨハンを横目に見ながらカルラが尋ねる。

「どう、したい、か……。そういえば、この気持ちを隠すことに必死で考えたことなかったな」

 考え込むように目を伏せる。ステラはずっとこの気持ちは周りに勘付かせていけないものだと思っていた。一生、この気持ちを表に出さずに生きていくのだと覚悟を決めていた。

 ステラにとってこれらの気持ちは自分の中で見て見ぬふりをしなければいけないもので、向き合う対象ではなかった。向き合ってしまえば、ユーミンと友達でいられなくなると考え、そちらの方が怖かった。

 だけど、カルラ達に胸の内を打ち明けることでようやくこの気持ちと向き合う勇気が生まれた。そしてカルラにどうしたいかと尋ねられたことで、ようやくこの気持ちを見て見ぬふりをする以外にも選べる道があることに気づいた。それだけでも、カルラ達に打ち明けてよかったと思えた。

「そうだな……。ユーミンに、話してみるよ。大切な人だからこそ、隠し事はしたくないんだ」

「そう……。私もそばにいようか?」

「いいや、大丈夫だ。ヨハン殿が言った通り、この気持ちは私だけのものだ。逃げるだけじゃなくて、自分自身で受け入れ、認めていくことも大切だと思うから。ちゃんと一人で向き合いたい」

 まだ迷いのある顔をしていたが、先ほどよりも気持ちの整理がついたのか明るい表情を見せていた。カルラはほっとした様子でステラに笑いかけた。

「無理をしては駄目だからね。私たちは明日ここを発ってしまうけれど、それまでならいつでも話を聞くから……一人で抱え込まないでね」

 カルラはステラを励ましながらも、確かにこれらの言葉は自分が言ってもらいたかった言葉だったかもしれないと思った。今よりも幼い頃のカルラの周りには、カルラの胸の内を真剣に聞いてくれる人はいなかった。その気持ちは間違いじゃない、と肯定し、一緒に悩んでくれる人はいなかった。

 そう思えばヨハンの先ほどの指摘はやはり的をいたものだったと言えるだろう。

「ありがとう。今日こうしてカルラ達に出会えたことも、きっと女神様の祝福なんだろうな」

 笑顔で答えたステラの瞳には涙は浮かんでいなかった。

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マクガフィン -代替えの花嫁が本物の花嫁になる- 豆茶漬け* @nizu

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