《Cardinal Memory》Nosterhv[Not]Resurgence

《Maybe it will be included in the main story》



 空に架かる星々の川を見上げては、まるでその瞬間、自身がそこへ浮かんでいるかのように思わせる、弛む頬と目尻が自分はいつも好きだった。 これは過去という、うつろな夢。 歪んだ鏡に映る私の姿だけが、愛おしい虚構が導きつつある、かくあるべき理想から離れていった。


「もうこんな時間だ」

「……でも、まだこうしているつもりでしょ?」

「うん……」

「静かでいいね……本当に美しい景色だ」

「でも、とても寂しい彩り」

「だけどそれが、ここに浸って、こうして一緒に居られることの良さでもあると思うんだ」


 歪で美しい天蓋を背に、自分たちは、自らの意思で目を閉じる。

 声だけが谺する、回帰の時。


 枷の付いた四肢。

 傷だらけの硝子片を、健気に集めているような、優しい腕の影を観ていた。

 薄暗い檻の隅へ、ひどく冷たい地面を踏みしめて、裸足で入って来て。

 ずっとこうしていたい、そう思う夜が終わっても、時折、窓から静かに差し込む柔らかな閃耀が、こちらへ伸びるその手を照らしていた。


「本当に、こんなことでいいの?」

「これが……いいの」


 これで、いい。


 でもいつか、悲しみに耐えられなくなることを恐れた自分は、その手を遮った。

 優しい歌声だけが響いていた。

 彼女は驚かなかった。まるで全てを知っていたかのように。ほんの少し目を細めて、微かに両端が上がった口をおもむろに開いた。


「いつか、ね」

「それで……」

「いいの。まだ時間はあるから」

「そう、だね……」

「いいかい?」

「分かってるよ」

「君は未来を見るの。美しい夢を」


 朝が、始まりを告げる。


「さあおいで。私はこの瞬間を見るためにここに来たの」

「それはまだ……ふふ……夢に仕舞っておきたいかな……」

「ここまできて?」

「うん」

「そう……」

「ふふ……これは明日の夢にしようと思うんだ」

「素敵ね……ええ。とてもあなたらしいとも思えるし、そうでないとも……」

「どういう意味?」

「ふふ……別に、深い意味はないよ。ただ少しだけ寂しいかも」

「まぁ、もしそうだとしても……これは幸せな夢だから。きっと」

「嬉しいよ」

「だからいつか……」


 穏やかな始まりに、夜の終わりが染まる。いつの日か訪れる、全てが幻になる時を滲ませて。


「なら、どうか嘆かないでね……それはいずれ君の立つ世界だから……」

「……」

「決して振り返ってはならないよ。それが君の夢だから」

「……約束、するよ」

「うん、信じてるよ」

「だから……必ず連れて行ってあげる」

「なぜ?」

「これが、自分の願いだから」

「……きっとそうね」


 色褪せてはならない思いを、時が隔てる。絵本に記された記憶が、どこか、まだ私の知らない森の中で、日の光に照らされている。


「もう一度、きかせて」


 消えてしまった、薄暗い檻で。


「これが、私の願いだから」


 美しい音色が、足を引き摺る。


「君はこれから未来を見るの。美しい夢を」


 約束は、時を刻む。

 

「分かってるよ」

「だから……」


 遺された自由に、憎しみをぶつけていた。

 それは捨てたはずの夢。振り返ってはいけない。それでもその世界の鮮やかさに思いを馳せてしまう。逃避した先へ、温かい光が差す。

 ふいに訪れる星の瞬きが、この世界から自分を引き離す。

 戻らないと知っているから。

 目を閉じても、もう、自分へと伸びるその手はない。一度たりとも、触れることは赦されない。

「いつか見た夢をもう一度」

 それは彼らの言葉でもあり、自らの願いでもあるのかもしれない。

 願いは時を辿る。

 捨てたはずの夢。


「もう一度聴かせて」


 空に架かる星々の川。その下で、静かに漂う。

 自分だけが、今度はそちらへ手を伸ばしている。 届かない。捨てたはずの夢に

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る