第44話  口づけと抱擁

 寝台に腰を掛け、顔を近付けた俺の唇に、クロウリーは流れるような動作で口づけをしてきた。

 ロウソクの灯りの中、一瞬二人で見つめ合う。

 俺が言葉を発しようとすると、戸口でなにか床に落ちる音がした。


「な、なにしてるんすか、二人で」


 振り向くと、そこには春日が立ち尽くしていた。

 床には木の皿と、焼売や胡麻団子などが散らばっていた。


「春日・・・これは」


 春日は無言で、なにもかも拒絶するみたいに戸口から走り去った。


『あーあ、お前のせいでなんか変んな誤解させちまったじゃねーか』

『誤解もなにも、今のは僕の素直な気持ちだよ』


 悪びれずにそういうクロウリーを、俺はじっと見詰めた。


『そのお気持ちっていうのはクロウリーのか? それとも指輪の憑依体とかいう奴のか?』

『あれ、気付いてたんだ』

『薄々はな。それについさっき教えてもらったよ、お前等のこと。異次元の憑依体ってのは、男も女も関係無いのかよ』

『そもそも我々に性別というものは無い。先ほどの行為は純粋に好意からだよ。これはクロウリーとも共有している。安心したまえ』

『精神憑依体ってのは、いろいろ性格が違うのか? あのターバン魔術師に憑依してたのは、どうやってもお知り合いになりたくないような奴等だったけどな』

『それは指輪の所為だ。指輪を嵌めた者の願いが、欲望が、憑依体を呼ぶ。あの魔術師は、どうしようもない目立ちたがり屋だった。クロウリーは違った。それだけさ』


 なんとなくはぐらかされた気がしないでもないが、これ以上追及しても、なにも出てこないように思えた。


『そうだ。この指輪、お前が持ってろだってさ』

『誰がそんなことを?』


 俺は言葉に詰まる。マグナス卿のことを、なんて説明すればいいんだ?


『ああ、それは、おまえら憑依体のことを教えてくれた人がだよ』


 俺は適当なことをいって、ソロモンの指輪を差し出し、クロウリーは無言で受け取った。


『もう無くしたり盗られたりするんじゃねーぞ』


 さて、俺はへそ曲げてるお坊ちゃんの御機嫌取りに行かなきゃならんのだ。


『追いかけるの?』

『はぁ?』

『そういう関係なんだ?』


 ロウソクの灯りに照らされ、クロウリーは微かに笑った。


『どういう関係だよ』

『い、いろいろ、ありが、とう』


 いきなり口調が変わった。元のクロウリーに戻ったんだ。

 俺は戸口から引き返し、寝台の上のクロウリーを強く抱き締めた。


『なんかあったら、いつでも俺を頼れよ』



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