第43話  極自然な不意打ち

 マグナス卿が立ち去り、夜空の下、独り残された俺は、椅子に座ったまま、茫然と星を眺めた。

 夏の星空は、冬に比べて輝きがぼやけているという。それは大気中にある水蒸気の所為らしい。冬は乾燥して大気の揺らぎが少ないんだそうだ。

 なんてどうでもいいことが頭に浮かんでは消えた。さっきまで話していたマグナス卿の語りの反動だ。しばらく意味のある物事を考えられないような気がした。考えたら最後、思考の深みに嵌って抜け出せなくなりそうだった。


『あの紳士は、お帰りになったのか』


 いつの間にか、中庭に李爺さんが出て来ていた。紳士とは、マグナス卿のことだろう。


『ん? ああ』

『随分呆けているようだが、いったいなにを話しておったのだ?』


 そう訊かれてもなぁ、いったいどう説明したらいいのやら。


『なんていうか、この世の始まりのお話というか・・・』

『なんとも掴み処の無いお人よの』

『そうだな』


 最早人かどうかもわからないが、それは考えても仕方ないことだ。


『英国人の青年が目覚めたそうだ』

『そうか。それじゃあ、ちょっくら顔見てくらぁ』


 俺は重くなった腰を上げ、建物の中へ向かった。

 広間では、春日と稲妻小僧に玄女も加わって、卓上の食い物に夢中になっていた。

 こいつらまだ食ってたのか。


「宇良君も降りてくるから、食いモン残しとけよ」


 俺はそう言い残して、二階へ上がった。



「様子はどうだい」


 ロウソクの灯りが燈った寝室に顔を出すと、寝台に横になったクロウリーへ、宇良君が手をかざしていた。


「もう傷は塞がりました。意識も戻ってます」

『ありがとう、少年』


 クロウリーが宇良君に礼をいった。


『お気になさらず』


 宇良君は、マグナス卿譲りの英語で答えた。


「宇良君も、下で休んだらいい。みんな飲み食いしてるぞ」

「そうさせて頂きます」

「マグナス卿は先に戻ったよ。後からゆっくり帰って来い、だってさ」

「わかりました」


 宇良君は微笑み、頭を下げて寝室を出て行った。

 なんて品行方正なんだ。ウチの春日とは大違いだ。


『やや、やぁ、トキジクさん。万事、上手くい、いったんでしょうか。この様子だと』


 クロウリーは寝台から上半身を起こした。


『ああ、すべて丸く収まったよ』


 お前には渡す物があるし、訊きたいこともある。

 

『もう少し、顔を近付けてくれないか』

『なんだよ、耳でも遠くなったのか』


 俺は寝台に腰掛け、いわれた通り近くに寄ると、クロウリーはそっと唇を重ねてきた。


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