第40話  昔々のお話

『トキジク君、すこし静かなところで話そうじゃないか』


 そういってマグナス卿に奥の部屋へ誘われたが、俺は断った。


『いや、話すなら外にしましょうや。その方が息が詰まらなくていい。涼しいし』


 別に深い理由はなかった。文字通り、外の空気が吸いたかったんだ。


『ふむ、構わんよ』


 マグナス卿は何のこだわりも無く、俺と連れ立って中庭へ出た。

 もう真夜中だ。七月とはいえ、外は少し肌寒いくらいだ。それでも、建物の中よりは落ち着く。さっきまでの息詰まるほどの戦いの後では。


『丁度いい、あそこに座りませんか?』


 マグナス卿は月明かりに照らされた、中庭の水盤と花壇の横にある、机と椅子を示した。


『お茶でもどうぞ』


 そういって机の上に茶碗を置き、急須でお茶を注いだ。

 まったく、おかしな気だけは利く。

 俺は木製の手の込んだ透かし彫りが施された椅子に腰掛け、熱い茶を啜った。

 参ったな、今になってどっと疲労が出てきた。

 俺は思わず机に突っ伏しそうになった。


『ふふふ、流石のトキジク君も疲労困憊と見えるね』

『酒があればいいんですけどね』


 ま、頭と肺と心臓を再生した上、あんなとんでもねぇ威圧感の有る奴と戦い続けてたんだからな。


『酒かぁ、なるほど、確かに』


 マグナス卿はポンと手を叩いた。


『いやいいですよ。それより話ってのは? やっぱりあの天使のことで?』

『天使か、いい得て妙だな』

『なんすかその微妙な言い草は』

『いやね、確かにアレは天使なのだろうね。しかし人の聖典や伝説に出てくる天使像とはいささか違っていたろう?』

『まぁいわれてみれば、天使よりも、戦士の方がしっくりくるかな』

『昔々、戦争があったんだ。遠い星々たちをも巻き込んだ、壮大で苛烈で悲惨な戦争が』

『あれ、ついさっきそんな話を・・・、そうだ、クロウリーの奴が戦いのどさくさでなんかそんなこといってたな』

『彼の中にも天使がいるのだよ』

『ああ、それもいってたような』


 ん? ということは?


『この指輪は、本来兵器として造られたものなんだよ』


 マグナス卿は金色の指輪を眺めながらいった。

  


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