第39話  戦士の休息

「いったいなにをだって? 単に秩序とバランスを取り戻しただけだが?」

「そういう答えが欲しいんじゃないんだよゴホォゲホォ」


 まだ完全じゃない心臓と肺のせいで、俺は血混じりの咳をした。


「師匠! 無理すんなよ」


 慌てて春日が背中を擦ってくれた。


「では、いったいどんな答えがお望みかね? トキジク君」


 この伯爵には、なにを訊いてもありとあらゆる適当で尤もらしい言葉を並べて誤魔化されそうな気がした。とんだペテン師だな。


「それより宇良。あのイギリス人の手当てをしてあげなさい。まだ間に合うでしょう」


 マグナス卿は、向こうで倒れているクロウリーを示した。


「あ、ハイ!」


 宇良は急いでクロウリーの所へ駆け寄った。


「さて、トキジク君、この辺りで落ち着ける場所はあるかい?」

「はぁ?」


 なんだよ、いきなり。お茶でもしようって魂胆か? さすが英国人。


「なにを要領を得ない顔をしているんです? この有様じゃ、直ぐに面倒事に巻き込まれるんじゃないか?」


 マグナス卿はそういって辺りを見回した。

 確かに、華僑街の一角が、抉り取られたように壊滅状態だった。俺たちの所為じゃないにしても、銀色天使が灰になっちまった以上、この状況を説明するのは厄介だな。もう直ぐにでも、人が戻ってくるだろう。クロウリーの回復もあるし、子供たちの休ませる必要があるしな。


「わかった。ちょっと歩くけど、良い所があるぜ」  


    *****



『で? 皆してここに来た訳か』


 李爺さんが腕組していった。

 結局、振出しに戻るように李爺さんの邸にやってきた。


『悪い。ちゃんと跡片付け手伝うからさ』

『別に迷惑ではない。むしろ歓迎する。しかしよく無事で戻って来たな』


 疲弊しきった一同を見て李爺さんは唸った。


『とにかく休め。二階に寝台があるからそれも使いなさい。それとトキジク、そんなに血だらけの服着て、しかしお前さんなら大丈夫なのか?』

『ああ、俺なら大丈夫だ。気にすんな』


 いろいろと気を遣ってくれている李爺さんに、マグナス卿が寄って行った。


『数々の御厚意、感謝します、老師』


 手を差し出したマグナス卿を間近で見て、流石の李爺さんも一瞬たじろいだ。


『こ、こいつは驚いた。いや、気遣いなどとんでもない』


 一階の広間にある卓には、お茶や菓子などが用意され、春日と稲妻小僧は飛び付いた。玄女は椅子にもたれ、休んでいる。クロウリーは二階の寝所に運ばれ、宇良の治療を受けていた。


『さて、老師。ちょっと奥の静かな部屋をお借りしてもよろしいだろうか?』


 マグナス卿は訊いた。


『ええ、構いませんよ』

『トキジク君、少し静かなところで話そうじゃないか』


 マグナス卿はそういって、ソロモンの指輪を摘まんで見せつけ、俺を奥の部屋へ誘った。おいおい、なにが始まるんだ?

  

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