第38話  灰は灰に

『ハイ、良く出来ました』


 完全に宇良目がけて振り下ろされたと思われた銀色天使の手刀は、拍子抜けするような言葉で呆気なく遮られた。

 銀色天使の腕を途中で受け止めたのは、常闇から生えたような青白い手だった。


「宇良、大丈夫かい?」

「あ、え、どどうしてここに⁉」


 地面にヘタり込んでいた宇良は、見上げて驚きの声を発した。

 そこには、漆黒のスーツを身に纏った、まるで地獄に堕ちた堕天使と見まがうマグナス卿が居た。

 正に銀色天使と対極の存在。

 背中に真っ黒な翼が生えていても俺は驚かないだろう。


「私を呼んだろ? だからここに居る。それだけだ」

「マグナス様‼」


 宇良は涙目で、今にもマグナス卿に縋り付きそうな勢いだった。

 俺の方は余りにも突然の出現過ぎて、思考が付いて行けねーよ。春日や稲妻小僧や玄女だって同じようなもんだろ。

 皆唖然としている。


「さて、指輪も体から離れたようだし、そろそろここに居る意味が無くなってきたのではないかね?」


 マグナス卿は銀色天使の右手を掴んだまま話しかけた。

 確かに、ソロモンの指輪を嵌めた手は、宇良のお陰で切り離され、地面に落ちている。

 ていうか、銀色天使と会話が成り立つのかよ


「オマエハオマエガ、ナゼ、ナゼ」


 ギリシャ彫刻のような美しい銀色天使の顔に、どこかしら非難がましい色が見えた。

 しかし、マグナス卿のことを知っている風な口振りなのは気のせいか?


「君はもう、元居た場所に帰りなさい」


 駄々をこねるように、銀色天使はマグナス卿に掴まれた腕をなんとか振り解こうとする。しかしまったく動じない。


「さぁ、恐れずに、安らかに。アッシュ・トゥ・アッシュ・・・」


 マグナス卿がまるで恋人への睦言のように囁くと、銀色天使の肌が急速に生気を失い、くすんだ灰色に侵食されていき、遂には端からさらさらと粉末状になって崩壊していった。

 後に残されたのは、地面に円錐状に積もった成れの果てだった。

 そこに居た誰もが、言葉を発するのも忘れて、茫然自失になっていた。

 今までのことが、まるで無かったことのように、辺りは静かな月夜に戻った。

 涼しい夜風が吹いて、灰色の粉は少しずつ飛ばされていく。


「ま、マグナス卿、あんたいったいなにを・・・」


 目も肺も心臓もある程度再生してきた。

 俺は我に返り やっとの思いで尋ねた。

 何が起こったのか、突然訪れた静寂に戸惑い、まだ理解できていない。

 他の奴等も恐らく同じだろう。 



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