第20話  不老不死探偵の助手 其の九

『人目の付かないところで、その体にたっぷりと指輪の在りかを訊くとしよう』


 口髭白人男は下卑な笑い声漏らしながら、地面に顔を押し付けられているオレの後頭部に足を載せ、踏みにじった。


『おい、そこのクズ男‼ 貴様はいったいなにをしている‼』


 突然、怒りに満ちた声が聞こえた。

 どこから? 頭を抑えられて首が回らない。

 上からだった。遥か上方から。

 しかし、この声は・・・。


『誰だ⁉』


 口髭男が俺の頭から足を退かしたので、オレは必死に首を巡らせ、声の出所を探して辺りを窺った。


『貴様のような下賤な者に名乗る理由は無い。それよりも、私の大切な家族の春日君とその仲間たちに、いったいなにをしてくれているんだと訊いている‼』

『なんだお前は、清の人間か? だったらこのまったく薄汚い街の住人か。いいたいことがあるなら降りてこい!』

『私がこの桃饅を食べ終わるまでに春日君たちを解放しろ。そして百遍謝った後に迷惑料を置いて早々に立ち去れ‼』


 この声、そしてこの言い分。

 ようやくオレは声の主の姿を目で捉えた。

 饅頭のような物を食いながら、意味不明に路肩の電柱の上に立つその姿は。

「げ、玄、女」


『まったく理解不能な女だ。おい、ヤレ』


 口髭男が命令すると、一人白人男がなにやら呪文を唱えた。


『ソドムの神罰』


 すると赤々と燃え盛る火球が幾つも現れ、電柱の上に立つ玄女に向かって放たれた。


『破ッ‼』


 囲むようにして玄女めがけて飛翔した火球は、玄女の発した気合で瞬時に飛散した。

 なにをどうしたのか知らないが、空気の震えが下まで伝わってきた。

 普通気合だけであんな芸当出来るか?


『な、いったいなにをしたんだあの女は。術か?』


 玄女は饅頭の最後を口に放り込んだ。


『さて、食べ終わったぞ。覚悟は出来てるか? 下衆ども。謝ってももう許さん』


 玄女の言葉と姿に、今まで感じたことも無い、凄まじい怒りが見て取れた。

 まるで憤怒の炎を纏っているみたいだった。

 こんな玄女、初めてだ。

 次の瞬間、強烈な閃光が何度も瞬き、バチバチという炸裂音と、重いものが倒れる音が続いた。


『さて、次は貴様らだ』


 玄女の重く冷たい声が聞こえる。

 いったいなのが起きた⁉


『クソ、三人が一瞬で・・・。お前ら、遠慮は要らん、殺しても構わん、やってしまえ!』


 ふと、オレを拘束していた力が解かれ、二人の白人男が玄女に猛然と向かって行った。


『ヘカントケイル!』


 駆ける二人の白人男の肉体が瞬時に膨れ上がって、まるで巨人のような体躯になり、玄女に襲い掛かる。


 玄女は『五禽戯、熊経!』と叫んで四肢を動かし、迎え撃つ。

 筋肉が異常に盛り上がった巨漢となった白人の一人を、玄女は左手で難なく薙ぎ払い、もう一人を右手で思いっ切り殴り上げた。

 左手で払われた白人は地面に叩き付けられ尚も勢い止まらず転がっていき、殴り上げられた者は、吹き飛ばされ建物の二階の壁に突っ込んだ。

 えー、嘘だろ、玄女強過ぎじゃねーか。あっという間に五人を倒しちまった。

 オレたち三人でも付け入る隙が無かったのに、逃げることすら出来なかったのに。

 押さえ付ける者が居なくなったオレは、よろよろと立ち上がった。


『さぁ、残るはお前だけだ口髭野郎』


 口髭男がなにか呪文を唱えようとした時には、既に玄女が目の前に迫っていた。


『遅い』


 玄女が裏拳一発。

 口髭男は吹き飛び、商店の一階に派手に突っ込んだ。

 

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