第12話 魔術師
さて、鎌倉に着いた。
さすがにここから海は見えないが、直ぐ近くにその存在は感じられた。
もう夕暮れも近い。海を見に行っている時間はなかった。
海とは逆方向に進路を取り、繁華街を通り、鶴岡八幡宮を横目に谷間を抜け、坂と階段を上り、目当ての別荘に着いた。
こんな高い場所に開けた土地があり、木造二階建ての立派な和洋折衷の屋敷が眼前に現れた。森のどこかで、まだ蝉が鳴いている。
ふぅ、蒸し暑くて汗だくだ。
しかし、こんな不便なところに家を建てるたぁ、金持ちのやることは理解に苦しむぜ。
玄関を叩くと、女中さんが出てきて取り次いでくれた。
流石にここまでは電気が来ていないのか、灯りはランプだけの廊下を案内され、応接間で待たされた。
開け放たれた窓から、気持ちいい夜風が入って来る。
揺れる風鈴の音と、虫除けの香が、もう夏なんだと思わせた。
「いやいや、待たせたね」
豊富な黒髪を分け、立派な髭を生やした依頼主だった実業家が応接間に這入ってきた。
夏物の薄手の長衣を着た中年の依頼主は、鷹揚に笑って向かいのソファに座った。
「で、稲妻小僧の件だったかな」
「はぁ、そうなんですが、実は・・・」
「申し訳ないが、稲妻小僧捕縛の件は、無かったことにしてくれたまえ。依頼金はそのままで結構」
「え? どういうことですか?」
「正直、もうこの件には係わりたくないんだ。どうする? 泊っていくなら部屋と軽い夕食くらいなら用意させるが?」
「いや、その前に、出来るなら事情を説明してもらえませんかね? こちらも後味が悪いというか」
「うん、まぁ、そうくるよなぁ」
実業家は困惑した顔で、腕を組んで唸り声を上げた。
「この話はここだけのものにしてもらいたいんだが、恥を忍んでいえば、稲妻小僧に盗られた品々は、実はそもそもが盗品だったんだよ。そうとは知らずに買い取った物を、更に盗られたといことになるな」
「その盗品とやらは、どうやって手に入れたんですか?」
「うん、ウチに滞在していた客人から買い取ったんだが、そいつが故国から盗んできた物で、しかもお尋ね者らしいのだ。それがわかってから、即刻追い出したがね。巻き添えは御免だからな」
「ちなみに、その客人とはどういった人物で?」
「うむ、英国からの旅行者で、名はクロウリーとかいってたな。自分は魔術師だとか自己紹介していたぞ。もうそこから胡乱だった訳だ。とんだ失態だよ」
「では、その英国人は今何処に居るかご存知ですかい?」
「ああ、多分鎌倉駅近くのホテルに滞在していると思うが」
なんだ、また逆戻りかよ。
しかし、段々雲行きが怪しくなってきたな。急いだ方がいいかもしれない。
クロウリーだっけ? どうもいけ好かねぇ名前だぜ。
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