第4話  四百歳の大人はわかってくれない

「へぇ、強力な術っすかぁ」


 春日はなんとなく胡散臭そうに俺と指輪を交互に見てくる。

 お? 疑ってるのか? まったく俺を誰だと思ってんのかね。これでも四百年生きてる、業界的には大魔術師クラスなんだがね。ま、俺もいい加減歳だし? そんなのこんなガキんちょに自慢しても仕方ないってことくらい承知してますよ。


「そういうことだ。茶漬けありがとよ。もう寝ちまいな」

「術っていえば、いつになったらちゃんとオレに術を教えてくれるんすか?」


 うわ、また面倒なこといい出したよ。実は俺、他人に教えるっていうのが、決定的に苦手なんだよね。いざ教えるとなると、いろんなことが言葉にならねぇんだ。


「術の基本は記憶の定着に必要な瞑想の訓練、それにこの世の理、神羅万象に対する理解の為の読書、思索、これらをきちんとやってからだ」

「やってますよ、ちゃんと」

「いいや、全然足りないね。だいたいおまえには『拒絶』の力があるんだから」

「それこそ、それだけじゃ全然足りないんです、だから・・・」

「あ、待て。『拒絶』っていえば、おまえ以外にその異能を使える奴っているのか?」

「へ? なんすか急に。そんなこといわれても知りませんよ。取り敢えず、会ったことはないっすね」

「ふうん、わかった。それじゃ、お休み」

「誤魔化されねーっすよ! オレは、ただ闇雲に術を教えてくれっていってるんじゃないんす。師匠の役に立ちたいんですよ! もっと頼りになる奴になりたいんです。助手っていうかそれ以上の、相棒っていうか、玄女みたいに師匠の隣に立ちたいんですよ!」


 春日は息を荒げ、顔を真っ赤にしていい切った。

 わかってるよ、お前の気持ちくらいよぉ。でもな、そんなに甘くねーんだよ、大人の世界ってのはさぁ。


「世間を騒がしてる稲妻小僧って義賊、知ってます? 噂じゃあいつはオレと同じくらいの歳らしいっす。そんな奴が独りでスゲェことやってて、オレ、悔しいんですよ!」


 知ってるよ、さっき会ってきたもん。捕まえ損ねたけどな。


「あいつはお前が思ってるような奴じゃねーぞ。ただの泥棒だ」

「そういうことじゃねーんすよ! もう師匠はなんにもわかってねー。もういいです!」


 涙目になった春日は、床を踏み鳴らして、二階の自室に引き上げていった。

 俺はランプの灯りが頼りなく照らす薄暗い一階に、独り取り残された。


「まったく世話が焼けるぜ」


 グラスにブランデーを注ぎ、一気にあおった。


『怒らせてしまったみたいだな』


 薄闇の奥から、したり顔の玄女が静かに現れた。

 彼女は第二の居候、玄女。大陸からある物を追って皇国に来て、なんやかんやあって今はここに居着いてる。文無しで大食いで、ついでに武術の達人だ。

 しかし実に嫌なタイミングで出てきたな。


『居たのかよ』

『つい腹が減ってな』


 そういやキュウリの糠漬けをポリポリ食ってやがる。

 深夜に糠漬けキュウリを一本食いする女。


『しかし、春日君は、泣いてる顔も可愛いな』

『お願いだから早く寝ろ』


 俺は心の底からそういった。

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